2015年09月の記事一覧

2015年09月30日 ---- ボス

不義理

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昭和57年に九州大学を卒業した私は前田建設工業(株)の東京支店に勤務することになった。夜行列車で単身上京した。最初の勤務地は練馬区石神井公園の橋梁工事の現場であった。当初は江戸川区にある社員寮から通っていたが、現場が忙しくなるとほとんど毎日仕事場に泊まり込むことになった。当時の作業所にはいわゆる「飯場(はんば)」と呼ばれる宿泊施設があった。六畳間に五人が寝ることも珍しくなかった。◆入社1年目の正月休みの間、私はその作業所に当直勤務を命ぜられていた。大した戦力にならない1年生を現場が休みの間当直させ、正月休みが開けたら代休を取らせるという所長(私の恩人・川嶋氏)の配慮があったのだと思う。その当直期間中に私は扁桃腺炎で高熱を出し寝込んでいた。◆39度3分の高熱に苦しみ、食べるモノもなく一人煎餅布団に寝ていた。元日だったか二日だったか、3年先輩の秋場毅(あきばたけし)さんが車で様子を見に来てくれた。手におせち料理を持っていた。吉祥寺の自宅から通っていた秋場さんは私が正月に一人で当直しているのを可愛そうに思い、母親の作ったおせちをわざわざ持ってきてくれたのだった。もちろん私が寝込んでいることなど知らなかった。布団の中の私を見て「キノシタ!どうした?大丈夫か?」と心配してくれた。私はなんとか布団から這い出て、久しぶりの食事をいただいた。おかげで翌日は熱が38度3分まで下がったことを覚えている。39度3分の熱が38度3分に下がると随分と元気になった気がした。翌日も翌々日も、秋場さんは母親の手料理を持って私を見舞いに来てくれた。若い私は三日後には元気になった。◆私が前田建設工業を辞めてからも秋場さんとの交流は続いた。飲み会があるといえば電話をくれ「オマエも来いよ。みんな会いたがってるよ」と誘ってくれた。私は秋場さんを通じて、お世話になった前田建設工業との繋がりをずっとずっと維持できた。その秋場さんが病に倒れ前田建設工業を辞めたのは10年くらい前だったろうか。週4回の透析を続ける秋場さんは会うたびに痩せ、老けていった。こちらが誘っても「お酒も飲めないし、食事も一緒にできないから」などと言ってやんわりと断られた。歩くこともきついようだった。◆昨日、ある方から秋場さんの死を知らされた。「今年の2月に亡くなられたそうだ」と彼は言った。生涯独身であった秋場さんは一人住まいのアパートでひっそりと亡くなっていた。昨日まで、アパートの大家以外は誰も秋場さんの死を知らなかった。秋場さんには親類縁者もいなかった。◆あのときお母さんの手作りのおせちを私に届けてくれた秋場さんに、前田建設工業との縁を繋ぎ続けてくれた秋場さんに、私はなんの恩返しもできなかった。◆偉そうに「義理・道徳」が最も大切だ、などと言いながら、私はまた大きな不義理を犯してしまったことに気づき、苦しんでいる。◆秋場毅先輩、ありがとうございました。ごめんなさい。安らかに眠ってください。ごめんなさい。

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2015年09月29日 ---- ボス

「朝日憎し!」 は みっともない

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「9月27日、広島市にある住宅の浴室内から女性の遺体が見つかった。同日夜、広島県警は、この住宅に住む自称新聞配達員・北野吉和容疑者(52)を死体遺棄容疑で逮捕した。」・・・・そのようにテレビを中心とした各メディアが28日報せた。毎日のように殺人事件が起こる昨今、この程度の事件ではみな驚かなくなった。翌日には別の殺人事件に興味が移る。県立高校に通う孫が祖父・祖母を殺したとして逮捕された。各紙この事件を大きく報じている。そんな中、産経新聞は広島の殺人事件に関し大きなみだしを打った。社会面の最上段である。「浴室に知人女性遺棄 容疑の朝日配達員逮捕」とのみだしである。◆テレビや他の新聞は「自称新聞配達員」として処理しているものを産経はわざわざ「朝日配達員」と書く。大人げない。「朝日記者」なら分かる。問題があるかもしれない。だが容疑者は「販売員」だ。たまたま「朝日」を配っていただけだろう。◆「産経」の「朝日」嫌いは分かる。その主張のある程度は共感もする。だが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」じゃあるまいし、事件の報道記事としてはあまりにも幼稚。すねた子供のようで情けない。◆近頃、特に産経新聞のスタンスが理解できなくなってきた。筆力の弱さが目立ってきた。少なくとも社会面での事件の報道はもう少し公平、冷静であるべきだと思う。◆この事件は朝日新聞も29日の朝刊で扱っている。「女性殺害ほのめかす供述 ASA従業員の容疑者」とみだしにある。記事の中で「ASA(朝日新聞販売所)」と触れている。記事にする苦しさが伝わってきた。記事にするほどの事件じゃないが「朝日」が係っている以上書かないわけにもいかない。そんな苦しみが理解できる。◆少なくともこの事件の報道に関しては朝日新聞の方がはるかに大人であった。産経新聞はみっともなかった。

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2015年09月29日 ---- ボス

税務調査

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爽やかな秋晴れ。昨夜、飲み過ぎなかったため寝起きも悪くなかった。早朝、自宅近所のヨガスタジオへ行った。今朝のレッスンは屋外のウッドデッキで行われた。女性インストラクターにオジサン生徒が3人。オジサンたちは皆カラダが思ったように動かない。それでも頑張って一時間、汗を流した。帰宅し、シャワーを浴び、スーツを選び、久しぶりにネクタイを手にした。「そうだ、今日からネクタイをしよう」・・・ウッドデッキの上でウサイン・ボルトのような恰好をしているときにふと思ったのだ。◆この秋、最初のネクタイをどれにするか、少し迷った。迷った末に、お気に入りのエルメネジルド・ゼニアの赤いネクタイを選んだ。気分が引き締まる。ちょうど今日から我が社へ税務調査が入る。なにも悪いことはしていないが、それでも外部の方にすべてを見られるのは気持ちの良いものではない。緊張もする。「イヤだな」そう思いながらネクタイを締めているときに榎徹(えのきとおる)君のことを思い出した。◆今は大分県東部振興局長という要職にある榎君は佐伯鶴城高校の一年後輩であり、一浪して入学した私と九州大学では同学年になり、私と同じく5年間大学に通って、一緒に卒業した。卒業前の一年間はほぼ毎日一緒に生活していた。私が高校時代に一学年上級であったという理由だけで榎君はいろいろと気を使ってくれた。私は彼を、弟のように感じていた。本当にお世話になった。その榎君は卒業し大分県庁に入ると最初に県税事務所に配属された。就職後、彼と最初に会ったのは多分正月休みで私が実家に帰省したときだったのだろう。榎君はずいぶんと疲れていた。疲れているようではあったが笑顔でいろんな話をしてくれた。◆「キノシタさん、県税事務所っち言うところん仕事はきついでぇ。なんもいいことん無えで。仕事とはいえ、どこに行っても嫌われるしなあ。割に合わん仕事やわあ。笑顔で『いらっしゃい』って迎えられることなんか無えけんなあ」・・・高校時代、大学時代と榎君は人に嫌われることがまったく無かった。誰からも慕われていた榎君にとって、県税事務所の仕事は「嫌われるのも仕事」であり、かなり厳しいものであったようだ。私は榎君に同情した。◆「今日は芝税務署から来られる係官の皆様を笑顔でお出迎えしよう」・・・ネクタイを締めながら榎クンを思い出し、優しい気持ちになった。

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2015年09月25日 ---- ボス

いくら言ってもわからない

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20年前に一人でラーメン屋を開業した。一人で試行錯誤して美味しい味を見つけ出し、店の場所を探し、不動産屋と交渉した。開業資金がないので綿密な事業計画書を作成し、銀行に持ち込んだ。メニューを決め、店の内装を決め、掃除をし、看板を作り、ビラを撒き、客を待った。開業し、徐々に客は増えたがなかなか利益は上がらない。少し蓄えができるとすべてを新しいレシピ作成に回していた。そうして20年が経った。今では「日本で一番美味しいラーメン」「カラダに害のない、安全な素材のラーメン」「とても安いラーメン」との自信を持っている。◆ラーメン屋は大きくなった。かつては私一人でやっていたことを、多くの部下にやってもらうようにした。世代交代が必要だ。私はまじめな彼らに責任と権限を委譲しようと試みた。◆ラーメン屋は銀座の大きなビルの中に移転した。多くの客が来るだろうと準備した。「レシピを考える係」「実際にラーメンを作る係」「会計係」「銀行担当係」「掃除係」などがそれぞれ、自分の担当部署を一所懸命に頑張った。だが売り上げも利益も当初予想を大きく下回った。ずっと一人でやってきた私には原因は見えている。ずっと我慢していたが、とうとう見かねて注意をした。「いくら美味しいラーメンでも、いくら安全なラーメンでも、いくら安いラーメンでも、いくら都心に店を構えても、いくら大きな店であっても、いくら店がキレイでも、いくら笑顔で接客しても、それだけじゃ客は来ないよ。・・・それだけで客が来ると思っているんじゃないか?」◆「どれだけの通行人が『銀座〇丁目の〇〇ビルの〇階に美味しいラーメン屋がオープンした』と知っているんだ?」・・・・「いくら美味しいラーメンでも、いくら安全なラーメンでも、いくら安いラーメンでも、いくら都心に店を構えても、いくら大きな店であっても、いくら店がキレイでも、いくら笑顔で接客しても・・・・・客が知らなきゃ来ないでしょ!」◆私は「ビラと看板を大至急用意しろ!」と命じた。2か月経った。売り上げも利益も増えない。私は責任者に問い質した。「ビラと看板はどうなったんだ?」・・・・責任者は申し訳なさそうに答えた。「社長から注意されたので、すぐにデザイン会社にビラと看板を発注しました」◆不思議に思って私はさらに問い質した。「そのビラと看板は?」・・・責任者は笑顔で答えた。「ええ、なかなか素敵なデザインのビラと看板がすぐに届きました。社長も見ますか?私のデスクの後ろにおいていますよ」

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2015年09月24日 ---- ブログ

バカな女社長

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「キノシタさん、読んでみてよ。きっとキノシタさんも腹が立つと思うよ」と知人からある女性社長のブログを紹介された。私はそのブログの存在は知っていた。かつて読んだこともあった。「バカのブログ」と思っていた。知人との話題に上ったので久しぶりにそのブログを覗いてみた。相変わらず自己主張のみが強く、アタマと人柄の悪さばかりが強調される恥ずかしいブログであった。「私は自分勝手で、思い込みの強い、馬鹿な女です」と毎日言っているようなブログであった。◆10年ほど前、彼女は殊勝な顔して私のオフィスに相談にやってきた。「航空事業を始めたい」と言う。私は大手の運航会社の社長のHさんと一緒に彼女の話を聞いた。彼女は既に具体的な計画は持っていた。夢物語のような計画を持っていた。まさに「絵に描いた餅」であった。中学生が聞いても「それは無理!」と即答するような事業計画であった。「この人は会社をやるにはアタマが悪すぎる」と思った。私とHさんは穏やかに「気持ちは理解できるけど、事業としては成立しないでしょ。止めるべきです」と諭した。彼女は我々の注意を聞こうとしない。「採算性がないのは分かっています。始めることができればそれでいいんです。スタートさえできれば2年か3年でIPO(株式公開)できるんです」と言った。なにか裏があるようだった。◆我々の予想とおり彼女の会社は上手くいかなかった。航空局や航空業界の多くに迷惑をかけまくった。私の会社も多大な迷惑を掛けられた。結果、多額の負債を背負って彼女の会社は倒産した。彼女に20億円を貸していた小さな金融機関もそれが原因で倒産することになった。回りのみんなに迷惑をかけての倒産だったが「すみません」も「ごめんなさい」も言ってもらった者を私は知らない。航空局では彼女の「やっかいな言動」はいまだに語り草になっていると聞いた。◆直近の彼女のブログで子供の教育に触れていた。彼女は書く。「・・・人に迷惑をかけてはいけない。特に家族、親。」・・・自分の子供に対して「特にお母さんには迷惑をかけてはいけないのよ!」と言っているのだ。この女性のすべてを物語っている。人の注意を聞かず会社を始め、倒産し回りの方々へ大変な迷惑をかけ、苦労はしたのだろうが、まったく成長はしていない。◆「人に迷惑をかけてはいけない。どうしても逃れられないときはその迷惑はお母さんにかけなさい。他人様には決して決して迷惑をかけてはいけませんよ」と教育され育った私には、彼女の考えは全く受け入れられないものである。

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2015年09月18日 ---- ボス

野党の負け!

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「健康診断、特に人間ドックなどは受診しないほうが良い」と強く主張している医学者は意外と多い。◆レントゲン撮影では放射線が使わる。胃のバリウム検査や、CT検査などでも放射線が使われる。私が1年に1回受診している「PET検査」ではなんと放射性同位元素を注射器で体内に注入する。いわゆる被ばく状態になるわけで「注射後24時間は小さなお子様には近づかないでください」と注意される。PET検査を受診した者が翌日福島の除染作業所に入ろうとしたらガイガーカウンターの針が振り切って大騒ぎになった、との話を聞いたこともある。「健康診断や人間ドックを繰り返すことにより、健康であった人がカラダを壊す」と主張する医学者の理論も理解できる。◆「そうではない。検診によって体内に摂取する放射能はとても微量でカラダへの影響はほとんどない。カラダを壊すというリスクよりも癌(がん)などの重病を早期に発見できるメリットの方が大きい」と反論する医学者も多い。こちらの意見が大勢を占めている。◆私は双方の意見を聞き、あとは自分で判断した。週刊誌上でたまに双方の医学者が議論を交わすが自分が支持する意見と違うほうを「殺人者!」などとののしる者はいない。なぜならどちらの主張も「国民がより健康でいられるために」との思いで研究して得られたものだから。◆昨夜、みっともない国会中継を観た国民は多い。情けない国会議員ばかり。議論になっていない。◆私は今回の「安全保障関連法案」に関しては、これを「戦争法案」などと名付け、アタマの悪い学生や感情的な主婦層を味方に付けようとした野党の負けと見た。◆本来、国民は双方の主張を冷静に聴き、どちらの主張がより戦争になる危険性が小さいのか、万一戦争になった場合にどちらの方が犠牲が小さくて済むのか、を自分のアタマで考え、自分はどちらに着くのかをジャッジすべきであった。ところが一部野党議員が「戦争法案」と名付けたことでバカな学生と感情的な主婦が「戦争反対」と言い出した。議論にならない。野党はそれを受けて調子に乗ってさらに「戦争法案反対」と繰り返した。◆相手の考えを聞こうとしない、国民に冷静に長所短所を説明することができない、今の国会議員とほとんどすべてのマスコミ・・・「こんなもの要らない」という気持ちになった。

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2015年09月16日 ---- ボス

転職

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忙しい。人手が足りない。人材が十分でないので3年後、5年後のイメージがなかなか具体的にならない。そこで当社は常に中途採用者を募集している。私も月に2~3人を面接することになる。転職を希望して当社の門を叩いてくるのは30歳代前半の方が多い。現在勤めている会社に不満があったり不安があったり。そんな彼らに私は決まって同じことをアドバイスする。「過去と途切れてはダメ。過去を捨ててはダメ。」と。◆昭和63年、私は新卒で採用され6年間お世話になった前田建設工業を辞めた。随分と身勝手な辞め方だった。もちろん私なりにいろいろと事情もあり、苦しみもした。1年間以上悩み、決断した転職であった。後に副社長にまでなる当時の私の上司、川嶋課長(当時)には特に強く慰留された。それでも私の決意は翻らなかった。◆九州大学出身の土木技術者。前田建設は新卒の私を期待を込めて厳しく指導してくれた。橋梁・護岸・上下水道・共同溝・道路・・・いわゆる「都市土木」と言われるすべての工事を経験させた。頭でっかちの、いいかげんな学生が、6年間鍛えられやっと一人前になろうとするときに彼が「辞める」と言い出したのだ。上司としても、会社としても面白いはずがない。◆実は当時の私には「上司や会社に迷惑をかける」という意識が希薄だったのかもしれない。それよりも「できる限りのことは一所懸命にやった。身も心も前田建設工業に捧げた6年間だった」との意識が強かったように思う。今思うとまったくの世間知らずであった。◆誰にアドバイスを受けたわけではないのだが、ここからの私が偉かった。上司の慰留も聞かず自分勝手に辞めておきながら、そういうことは全く気にせず、上司や先輩や同僚とコンタクトを取り続けたのだ。そんな私に対して前田建設工業の皆さんは、飲み会の予定が決まると「オマエも来ない?」と誘ってくれた。おかげで私は新卒から6年間を必死に働いた前田建設工業での経験や人脈を「過去のもの」と切り捨てることなく「私の大切な大切な宝物」にすることができた。腹の中に計算があったわけではない。ただせっかく出会った「魅力的な人」「優しい人」「仕事のできる人」とは繋がっていたい、というような感情があったのだろう。◆そしてその「私の大切な大切な宝物」は数十年後、何十倍、何百倍にも大きな宝物になった。◆私は身を持って体験したことを、いま居る会社を辞めて「御社にお世話になりたい」と頭を下げる若者たちに必ず話している。私のアドバイスが無ければ、彼らはきっと今お世話になっている会社や先輩との縁を切ってしまいそうだから。

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2015年09月15日 ---- ボス

名医

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ニュー新橋ビル3階にある「田中医院」で毎月一度、簡易なメディカルチェックを受けている。そこは去年までは「田中医院」ではなく「中村医院」であった。中村先生が高齢のため引退することになり、自分の医院を、信頼できる後輩の田中先生に引き継いでもらうことになったのだ。中村先生はできるだけ時間をかけ丁寧に診察し、私の体の状態を、毎回分かり易く説明してくれた。とても穏やかで優しい目をしておられた。いつもニコニコしておりユーモアのあるチャーミングな老医師であった。患者にも看護婦にもファンが多かった。私もそんな中村ファンの一人であった。◆「中村医院」から「田中医院」に変わった。「とってもいい先生だよ。僕なんかよりも見立てがいいよ。」田中先生のことを中村先生はそんな風に紹介してくれた。田中先生は私とほぼ同世代、私よりも1年年長だった。◆昨日、朝からのどの調子が悪い。のどの左奥に魚の小骨が刺さっているような感じの痛みがある。「扁桃腺炎だったらヤバいな。早めに手当てしなければ・・。週末は大切なお客様とのゴルフが控えている」そう思い、仕事の合間、午後3時過ぎに「田中医院」に行った。田中先生は私ののどを見て、首を触診し、聴診器で心臓と肺の音を聴き、笑顔で言った。「どこも悪くありませんよ。扁桃腺炎でもありません。帰ってうがいをしてください。どこも悪くないのでお薬は出しませんよ」◆中村先生が紹介したとおり、田中先生もとてもいいお医者さん。東大医学部卒業とは思えない。エリートぶらず丁寧。最近は必要以上に薬を出す医者が多いと聞くが田中先生はこちらが「のどが痛い」と言っているのに「どこも悪くないのでお薬は出しませんよ」とハッキリ言う。こちらはオカネはかからず、不要な薬は飲まされず、そして安心する。田中先生に言われたように私は昨日何度かうがいをした。うがい薬も使わず、水道水でうがいをした。半日経った今、まったく痛みはなくなった。◆田中先生のファンも増えていることだろう。かつての中村先生のファンの数に追いつく日も近いと見た。

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2015年09月15日 ---- ボス

こすれる音

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「バイオリンの音はこすりあわせて出すじゃあ。わたしゃ、あのこすって出る音が好きじゃないんよ。まだギターみたいに弾いて出す音がいいし、やっぱり叩いて出すピアノの音が一番いいな」 私が高校生の頃、テレビで『題名のない音楽会』を観ながら母はよくそういうことを言っていた。「こすれる音が好きじゃないんよぉ」との母の発言を何度聞いたかしれない。◆幼い子供二人を母に残し、父は交通事故で他界した。そのとき母は33歳であった。それ以来、一切贅沢をせず、懸命に私たち姉弟を育ててくれた。恐らく母は私の小学校の音楽会以外は生の演奏会に行ったことはないのだろう。演奏会どころか演劇も(もちろん宝塚や劇団四季も)観に行ったことはないだろう。ひょっとすると父が他界して以降は映画館にも行ったことがないかもしれない。かわいそう。申し訳ない。◆「こすって出す音が好きじゃない」という母親に育てられた私だが、なぜだか逆にバイオリンの音が大好きだった。やっと買ってもらったステレオで高校生の頃、イムジチの演奏する「アイネ クライネ ナハトムジーク」をレコード盤が擦り切れるほど聴いた。大学生になりジャズを聴くようになってもジョー・ヴェヌーティやステファン・グラッペリなどのジャズヴァイオリンが大好きだった。昨年、カントリーミュージックを聴きに米国ナッシュビルに行ったのだが、そこでもフィドル(ヴァイオリンのこと)が入っているバンドの演奏ばかりを追いかけていた。そして東京では二胡のウェイウェイウーのコンサートには必ず顔を出す。◆10年ほど前の話になる。招待されて八尾の「おわら風の盆」を観に行った。流雪用水路を流れる雪解け水の音。人々の話声。そこに編み笠を被った集団がゆっくりゆっくりと踊りながら近づいてくる。胡弓の音が徐々に大きくなってくる。幻想的。もの悲しい。「こすれる音」は本当にもの悲しい。念のために申しておくが、形も音色もとても似た感じの楽器「二胡」と「胡弓」だが構造も奏法も全く違うもののようです。◆ヴァイオリン、フィドル、胡弓、二胡、ついでにチェロまで 私はこすって音を出す楽器の音色がたまらなく好きだ。

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2015年09月14日 ---- ボス

飲酒・喫煙年齢

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自民党の特命委員会が、法的に飲酒と喫煙が許される年齢を現行の20歳から18歳へ引き下げることを検討している。公職選挙法の投票年齢を18歳に引き下げたことがきっかけであることは間違いない。それに対し朝日新聞が社説で「引き下げ反対」を表明した。飲酒と喫煙を若年化させるメリットはない、と主張する。「酒たばこは始める時期が早いほど依存が高まるといわれる。がん予防のため、分煙化を進め、たばこ消費を抑えようという社会の流れとも逆行する」と言う◆一昨日、ゴルフ帰りのクルマでラジオを聞いていた。辛坊治郎さんがこの朝日の社説に噛みついた。「飲酒喫煙年齢を引き下げたところで18歳がみんな煙草を吸い始めるわけじゃないんだよ!」とかます。極めつけは次の言葉。「偉そうに、朝日の記者は!じゃあ聞くけどこの社説を誰が書いたのか知らないが、あんたは18歳19歳のときに酒を飲んだことがないのかね。きっと飲んでるだろう。自分は18歳から飲んでいたけど今の19歳は飲んじゃダメだ、という根拠などないじゃないか!」◆いつも辛坊さんの話は小気味いい。私は辛坊ファンの一人。「さすが!辛坊さん」 膝を打った。◆話は違うが、私は選挙の投票年齢の引き下げに関しては「反対」であった。この欄でも何度か書いた。もちろん今でも「引き下げるべきではなかった」と信じている。ところが朝日をはじめすべての新聞、すべての政治家は私と反対であった。結果的に満場一致で投票年齢は18歳に引き下げられた。残念!・・・一方、私は法で定めるだけの飲酒喫煙年齢など18歳でも20歳でもどうでもいい。「好きにしてください」と言いたい。だが「おりこうさん」ぶっている朝日新聞の頭でっかち記者への辛坊さんの痛快な批判に関してはもちろん辛坊さんに軍配をあげた。「辛坊さんの勝ち! 朝日の負け!」というわけだ。◆話はここで終わらない。続きを私は考えた。「もしオレが社説を書いた朝日の記者だったら、辛坊さんになんと反論するだろう」・・・・そして思いついた。「辛坊さん、じゃあ、あなたは『高速道路の速度制限を現状の100キロから120キロに変更しよう』と自民党が言いだしたら賛成するのか? もし誰かが 『安全を考えて反対』と主張したときに『オマエは速度制限をオーバーして走ったことは一度もないのか?』と言われたらどうでしょう?  『自分は速度オーバーしておきながら反対するのか!』と言われたらどうでしょう?」 ・・・・うーん、確かにこの反論は成立する。厳しい。◆私は車の中で『一人ディベート』を楽しんでいた。特に若い人へはこんな『一人ディベート』を勧めたい。



 
 
 酒たばこは始める時期が早いほど依存が高まるといわれる。がん予防のため、分煙化を進め、たばこ消費を抑えようという社会の流れとも逆行する。

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2015年09月10日 ---- ボス

青春

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私の人生で、楽しかった思い出の9割は15歳~24歳の10年間のものだ。カネはなく明確な目標もなく、適当に流されるままに生活していた。向う見ずで生意気で怖いもの知らずであった。友人たちと過ごす、たわいない時間がなぜかものすごく楽しかった。苦しい恋も、悲しい別れも、みんなみんな良い想い出になっている。毎日毎日とにかく楽しかった。大勢で居酒屋で飲んだ夜も、徹夜マージャンで大負けしボロボロになった朝も、居留守を使って彼女と二人で過ごした雨の日の昼間も、たった一人でウィスキーを飲みながら画集を眺める夜も、ボロアパートで焼きナスを食べながら白黒テレビで巨人の応援をしていた真夏の夕暮れも、みんなみんな楽しかった。まさに青春時代、私は大きな大きな想い出と言う財産を得た◆15歳までの人生と、25歳からの人生にも楽しい想い出はたくさんあるのだが、実はこの時期は苦しい想い出の方が多かったように感じている。◆58歳になった今もなお「あの頃に戻りたい」と思う。だからなのか58歳になった今もなお「青春小説」を読み、あの頃へ一人で逃避行する。これまでに私が読んだ小説、感動した小説には「青春小説」が多い。私の「青春小説率」は多分、日本人の平均値よりもはるかに高いだろう。ちなみに私がこれまでに読んだ「青春小説」の中での「私の好きなベスト3」は・・・・①『翼はいつまでも』(川上健一)  ②『青が散る』(宮本輝)  ③『69』(村上龍) の三作になる。「私の好きなベスト3」であって「お勧めベスト3」ではない。というのもオススメする自信がないのだ。人に勧めるからには「面白かった。良い本を紹介してくれてありがとう」と言われたい。だが・・・。◆小説というのは不思議なもので誰もが面白いと思うようなものはない。いつ読んでも面白いというわけでもない。◆若い頃、宮本輝の『春の夢』を読んでとても感動した。あの感動をもう一度、と思って昨年読み返してみたのだが残念ながらさっぱり面白くなかった。『されど我らが日々』(柴田翔)でも同じような経験をした。同じ小説でも、それを読む時期で感動は異なるものなのだろう。◆昨日、今年の直木賞受賞作『流』(東山彰良)を読了した。大変面白かった。だが、この小説は30年前の私が読んでも良さが分からなかったかもしれない。58歳の私には感動を与えてくれた。◆「魚がいいました・・・わたしは水のなかで暮らしているのだから あなたにはわたしの涙が見えません」・・・・・・・・いいなあ、このフレーズ。寺山修司を思い出した。◆『流』・・・私には面白かったが決してお勧めはしない。

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2015年09月09日 ---- ボス

親しき仲にも礼儀

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当社が導入したあるシステムを見せて欲しいとマッちゃんが昨日私のオフィスにやってきた。私と長い付き合いの友人である。一緒にお酒を飲むこともゴルフを楽しむことも多い。人懐っこい、小さく可愛いテディベアのような容貌のマッちゃんは誰からも好かれている。銀座のオネーサンにもゴルフ場のキャディさんたちにも人気がある。プロ野球ロッテ球団の「影の応援団長」のようなマッちゃんは男の友達も多く、年下の友人たちは皆マッちゃんを尊敬している。ロッテの本拠地、QVCマリンフィールドのビール売りのオネーサンたちにとっても一番の人気者だという。そのマッちゃんが(遊びの打ち合わせではなく)仕事に関することで当社に来るというので私も「失礼があっては申し訳ない」と部下たちに粗相がないよう注意をしていた。◆マッちゃんは夕方5時に当社に来ることになっていた。私は3時から飯田橋で行っていた商談が思ったより時間がかかっていた。もう少し時間をかけて詰めたいところもあったがマッちゃんを待たせることがあっては失礼だ。途中で切り上げた。4時45分にオフィスに帰り着きマッちゃんの来社を待った。マッちゃんはアポイントより10分遅れて当社へ来た。応接椅子を勧め、秘書がお茶を出した。お茶を飲むまでもなくマッちゃんが切り出した。「キノシタさん、トイレであっちですよね。ちょっとトイレを貸してください」 マッちゃんは私の部屋を出て行った。◆10分経ってもマッちゃんが戻ってこない。「腹を壊してるんだろうか」私は心配になって廊下を覗いた。するとマッちゃんは携帯電話で誰かと話をしていた。顔は笑顔であった。私の部屋を出て15分後何事もなかったような顔をして「失礼しました」と戻ってきた。「うん、そりゃ失礼だよね。」私は親しいから率直に言った。だがマッちゃんには効かなかった。顔色ひとつ変わらなかった。それどころか応接椅子に腰かけてお茶を一口飲んだマッちゃんが言った。「キノシタさん、さっきトイレに入ったところで電話が鳴って、それで外に出て・・・。だからさっきはトイレできなかったんですよ。ちょっとトイレにまた行ってきます。失礼します。」私は驚いた。不愉快な声で言った。「うん、失礼だよ。はいはい、どうぞトイレに行っておいで」◆10分後、戻ってきたマッちゃんとやっと本題に入った。システムをいろいろと紹介した。マッちゃんは真面目に聴いていた。◆さらに30分後、二人で食事に出た。ステーキ屋へ行った。ここでマッちゃんの食事の姿勢が悪い。テーブルに肘をつき話す。箸の持ち方が汚い。「オレ、ダメなんですよ。すぐにテーブルに肘を附いちゃうんです」といいながら肘を附いた腕に顔を乗せる。だらしない。◆マッちゃんはとてもいいやつ。楽しい男。だが彼と仕事を一緒にすることは今後決してないだろう。そう強く思った。◆「仕事を一緒にしない。ただの仲の良い友達だ」・・そう決めたら急に楽になった。立っていた腹も治まった。深夜遅くまでカラオケをマッちゃんと楽しんだ。マッちゃんはとても楽しい、とてもいいやつ。だが仕事は無理だな。

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2015年09月08日 ---- ボス

美しい日本の歌声

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昨日の当欄の「ボスのスケジュール」の中で、夕方の私の行動が [ 六本木『ヴィルボード』にて会食 ] となっていた。ウェイウェイウーの二胡コンサートを見ながらの会食を予定していた。『ヴィルボード』に向かう途中に友人からメールが入った。「『ヴィルボード』ではなく『ビルボード』ですよ」との内容だった。確かにそうだ。「BILLBOARD」は「ヴィルボード」ではなく「ビルボード」と表記すべきだ。反省。またまたひとつおりこうさんになっちゃった。◆ウェイウェイウーの演奏はこの夜も最高に素晴らしかった。二胡の演奏はもちろん、優しい人間味あふれるMCも、そして透明な歌声も。そしてこの夜は途中、二胡を置きバイオリンを持ち、私の大好きなリクエスト曲「Dance me to the end of Love」まで演奏してくれた。本当に本当に素晴らしかった。涙があふれた。大満足。◆話は変わる。3週間ほど前、深夜のテレビ番組で「昭和ムード歌謡 CD5枚組」を紹介していた。「銀座の恋の物語」「ウナセラディ東京」「バスストップ」「ラブユー東京」「よせばいいのに」「赤坂の夜は更けて」「うしろ姿」・・・昭和の名曲が並ぶ。すぐに購入した。60歳近くになると40年も昔のことが妙に懐かしくなる。2日後にCDは届いた。それ以来、ゴルフ場への往復はずっとムード歌謡を聞いている。◆不思議なのはフォークソングとジャズを聴いて青春時代を過ごしてきたつもりだったのだが昭和のムード歌謡のほとんどの歌詞を覚えていること。ゴルフ場へ向かう高速道路。「♫ ♫ なーないろのにじがー きーえーてしまあったのー シャーボーンだまのよーな わたしのなみだー」 などと歌っていた。口ずさめる名曲は素晴らしい。ありがたい。◆この名曲集の中に、たまらなく優しく、たまらなく切ない歌声が二人出てくる。その一人はテレサテン。彼女の歌う「つぐない」「愛人」「別れの予感」を聞いていると泣けてくる。なにも悪いことをしていないのに「ごめんね」と謝りたくなる。この気持ち、わかってくれる男の人も多いだろう。そしてもう一人の優しく切ない歌声。それはシルヴィア。ロス・インディオス&シルヴィアの名曲は多い。「それぞれの原宿」「うそよ今夜も」「別れても好きな人」どれも優しくチャーミング。男は心を乱される。さらに菅原洋一とデュエットする「アマン」は秀逸。たまらない。「シルビア」ではなく、こちらは「シルヴィア」◆「ヴィルボード」じゃないよ、との指摘を受けたときに「シルヴィアはシルビアじゃないよな?シルヴィアでいいよな?」となぜかそんなことを考えていた。◆本日はどうでもいい話に終始した。

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2015年09月03日 ---- ボス

本を読まない人たち

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我が家では私以外は読書をしない。家人が読書する姿を見たことがない。息子も娘も、母親の影響なのか全く本を読まない。息子はマンガを、娘はファッション誌をたまに読んでいる程度。少なくとも彼らが小説を読んでいる姿に接したことがない。私が「この本面白かったよ。よかったら・・」と言って彼女らにあげても「ありがとう」と受け取りはするが読むことはない。読書好きの私としては共通の話題ができず、寂しい。◆「若者の読書離れ」が言われて久しい。確かにそれを感じる。我が家に限らず、我が社でも読書を趣味としている者はほんのわずか。たまに出張に同行しても新幹線や飛行機の中で彼らが小説を読んでいる姿を見たことがない。そして彼らはゴルフをするわけでなし、映画に詳しいわけでもなく、美術館めぐりもしない。もちろん麻雀のルールも知らない。◆仕事はまじめ、性格もまじめ。仕事が終わったら自宅へ急ぎ、家族の生活を大切にする。・・・・悪いことではない。悪いことではないが私はとても心配だ。◆読書から得るモノは大きい。ゴルフや映画や美術館から得られるモノもとても多い。彼らはそれを放棄している。仕事と家庭を大切にしてるだけで満足しているように見える。本来なら視野が広がっていく時期に、家庭と仕事だけにしか目が向かないようでは人間の器が小さくなる。協調性に欠け、自己主張の強い「仕事バカ」になりかねない。私は多くの「仕事バカ」を見てきた。そして同じくらいの数の「勉強バカ」も見てきた。プライドだけ高く、「私はお勉強ができる」「オレは誰にも負けず一所懸命に働いている」と思っているような奴らには期待できない。

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2015年09月02日 ---- ボス

すっきり

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今日、午後から胃カメラでの検査を受ける。胃に不快感があるからではない。年に一度の定期検査。あまり心配はしていないがそれでもやはり検査というものは楽しいものではない。もし「早期の癌が見つかりました」などと言われたらどうしよう、などと思ってしまう。◆「検査前日はお酒はダメですからね」ときつく注意されていた。昨日は銀座の寿司の名店「くろ寿」の個室で四人で会食となったのだが私はビールも飲まなかった。最高に旨い寿司をお茶と一緒に楽しんだ。旨い寿司はビールや日本酒がなくても十分に旨く感じる。いやむしろアルコールなしの方が美味いかもしれない。◆アルコール無しで床に就いたのは2か月ぶりくらいだろうか。悪くない。通常よりもいくらか深い眠りに落ちた感じ。相変わらず1時間に一度は目が覚めるのだが不快感は少ない。そして私は今朝、五時半にベッドから抜け出し、シャワーを浴び、近所のヨガ道場へ向かった。爽やか。◆週に一度は休肝日を作ることにしよう、本日そう誓った。

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2015年09月01日 ---- ボス

寿司屋で「大将」はないだろう!

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酔っぱらって帰宅し、シャワーを浴び、バスタオルでカラダを拭きながらテレビを点けた。画面に旨そうな寿司が映っている。どうやら「高級寿司店でのマナー」を若いグループ歌手の面々が競う番組のようだ。◆それぞれが女性を連れて寿司屋のカウンター席に座り注文をしたりエスコートする女性に話しかけたりしている。それを寿司通を気取る芸人が、ああだこうだと評価している。ある若い男がお勘定をお願いするのに「おあいそ」と言った。寿司通の芸人が注意する。「『おあいそ』って言うのはな、お店側が言う言葉であって客が使うのはおかしいんだよ」というようなことを言っていた。その通り。通ぶって醤油のことを「むらさき」だとかお茶のことを「あがり」などと呼ぶ恥ずかしい客は依然多い。スマホで写真を撮るのもマナー違反だろうし、煙草を吸ったりキツイ香水の匂いも回りの客には迷惑だ。そういう意味ではバラエティー形式でマナーを学ぶ番組は悪くない。だが・・・◆若い男が知ったかぶって「卵を食べるとその寿司屋の力量が分かるんだよ」というようなことを女性に言っていた。先輩の寿司通がすぐに反応する。「おいおい、大将の前でそんなこと言うなんてなんて無神経。そりゃ大将に失礼だよ」と。その後も若い男たちの幾つかの言動に対し先輩寿司通芸人が「大将に失礼だ!」と注意していた。◆私はだんだんと不愉快になった。「寿司屋の主人を大将と呼ぶな!」と一人で怒っていた。なぜテレビ局はチェックしない?大阪ならともかく東京の高級寿司屋でまともな常識のある客は決して主人を「大将」とは呼ばない。「ご主人」か「親方」だろう。「板長」の場合もある。居酒屋ならともかく「高級すし店でのマナー」を云々する番組で「大将、大将」はないだろう。それこそ馬鹿にしているようで「ご主人に失礼だろう!」と言いたかった◆成り上がりがカネの力で毎日高級料理店を食べ歩くことには文句は言わない。だがマナーも知らない男が通ぶって、公共の電波を使って、マナーを語るのは許せない。成り上がり芸人は無教養なので仕方ない。無教養な芸人をチヤホヤと一流食通のように扱うテレビ局に腹がたった。

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2015年09月01日 ---- ボス

前科〇〇犯

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「大阪府寝屋川市の中学1年、平田奈津美さん(13)への死体遺棄容疑で逮捕された山田浩二容疑者(45)が13年前に起こした監禁事件で、約1カ月の間に男子中高生を含む少年7人が被害に遭っていたことが、当時の弁護人らへの取材で分かった。いずれもわいせつ目的とされ、車に連れ込んだり、手錠をかけたりしていた。」・・・これは本日(9月1日)毎日新聞が配信した記事。容疑者逮捕から既に10日間も経っている。◆私が子供の頃は犯人が逮捕されるとマスコミは「山田浩二 (前科〇〇犯)」というように必ず顔写真と前科を併せて発表していた。顔写真は前科時に警察で撮られたものが使用されていた。悪い人相のものばかりであった。◆いつの頃からだろうか、犯人も懲役を終え娑婆に戻れば「十分に罪を償った」「みそぎを済ませた」とばかりに一般人として扱われるようになった。ヤツに前科があるのかないのか週刊誌が書くまで分からない。警察には前科時の写真があるのに公表しない。テレビ局にはその写真が届かず、たまに制服を着た「中学生時代の写真」などが容疑者名と共に映される。馬鹿みたい◆私は常々「罪と罰。現在の我が国はあまりにも罰が軽い」と言ってきている。犯罪を犯した者は懲役刑を終えても罪が消えるわけではない、と考えている。江戸時代は前科者は腕刺青を入れられた。娑婆に戻ってもすぐに前科者だと分かった。そこまでやることはないが、せめて再犯を犯したら瞬時に「前科〇〇犯」の報道はあっても良いと思うのだが、どうだろう?◆マスコミが前科時の弁護士を見つけ出し取材するまで報道できないというのは「行き過ぎた人権擁護」の典型だと思うのだが。

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2015年09月01日 ---- ボス

締め出し

boss-b

お盆に里帰りできなかった家人が先週末から福岡の実家に帰っている。多くの男性諸氏にはご同意いただけると思うが、家人のいない休日はそれだけでなぜかウキウキとするものがある。家人が留守のこの週末、残念なことに私のスケジュールは既にビッシリと埋まっていた。連日、仕事とゴルフと法事などでハメを外すことはできなかった。◆土曜日にゴルフへ行った。夕刻、帰宅すると大学生の息子が一人でインスタントラーメンを食べていた。「父さんもいる?作ってあげようか?」との優しい言葉をもらったが遠慮した。ゴルフ仲間との反省会に参加する予定になっていたのだ。息子に「うん、ありがとう。でも父さんちょっと食事会があるから」と言って家を出た。反省会は私の自宅から徒歩2分の広尾「しょうみん」で開かれた。「しょうみん」は安くて最高に美味い店。芸能人の来客も多い隠れた名店だ。お勧めです!◆「しょうみん」でお酒と食事をたらふく楽しんだ後、タクシーに乗り込むゴルフ仲間を見送って自宅へ戻った。エントランスでインターホンを押すが応答がない。しようがなく自分のキーで開けようとポケットを探るがキーが見つからない。「しまった!キーを持って出るのを忘れた!」恐らく息子はあのあとどこかへ飲みにでも行ったのだろう。まず娘に電話した。すぐに娘が出た。「今、どこにいる?」尋ねると娘は「父さん、私、いま伊豆だよ」と答える。母親の留守に、娘は上手に羽を伸ばしている。息子に電話する。出ない。何度鳴らしても出ない。困った。どうしよう。◆3分おきに息子に電話しながら、マンションのエントランス前でしばらく待っていた。突然、尿意を催した。困った。再び「しょうみん」に戻ってトイレを借りることも考えたが恥ずかしい。「しょうみん」の皆様に心配をかけてしまう。といって立ちションなどできない。私は近所の公演に急いだ。なんとか間に合った。息子は相変わらず電話に出ない。どこかで飲んでるのだろう。恵比寿あたりなら「タクシーで帰ってこい。タクシー代は父さんが出してやる」と言うつもりだった。だが電話がつながらないことにはそれも言えない。私は息子にLINEでメールを送った。「どこで飲んでるの?これ読んだらすぐ連絡ください」と。さらに30分くらい経った。酒の酔いもあり、疲れから眠気も襲ってきた。どこかホテルに泊まろうか、と考え一番近くのアパホテルへ向けて歩き出したとき息子から電話がきた。「恵比寿かせめて渋谷あたりで飲んでますように!」「女の子と一緒だったら申し訳ないな」などと思いながらも「やっと救われた」と安堵感を覚えながら電話にでた。◆「父さん、ごめんね。電話、気付かなかった」申し訳なさそうな息子の声。「キミ、いまどこにいるの?」尋ねた。「えっ?オレ家にいるけど。どうしたの?」◆ラーメンを食った大学生は満腹感を持って幸せに眠っていたようだ。まったく腹は立たなかった。家人がいないとこのような不都合も起こるものなのか。

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2018年11月16日 ボスの
スケジュール
  • 午前机回り整理
  • 午後「新ヘリポートの造り方」執筆
  • 夕方協力会社との安全集会
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