2016年04月の記事一覧

2016年04月27日 ---- ボス

敬語

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ゴルフ大会の誘いのメールなどに「参加させていただきます」などと書いて返信することが多くなった。日本語的には「参加します」あるいは「参加いたします」で十分キレイな表現なのだが、どうも最近「させていただく」という妙にへりくだった言葉が主流になってきたようだ。私も「それはおかしい」などと思いながらも、相手の知的水準がわたくしほどでない場合、相手から「キノシタさんは失礼な人だ」と思われるのではないかと心配し、「参加させていただきます」と記入して返信する。相手の知的レベルを知っている場合にはわたくしは「参加いたします」と書いて送ることにしている。◆だが「させていただく」は徐々にではあるが確実に浸透してきている。電車で「ドアが閉まります」とアナウンスあれば十分なものを「ドア閉めさせていただきます」と言うところがある。私は嫌いだが、これも徐々に広がってきているようだ。◆先日、ある新工法の検討会を当社で開催したのだが、その事前調整においてある方からメールをいただいた。「〇〇日、午後2時、御社をお伺いさせていただきます。よろしくお願いいたします。」と書かれていた。「伺います」で十分な謙譲語なのに「お伺いさせていただきます」とは・・・? 相手はへりくだった表現をしたかっただけだろう。 でもなあ、「お伺いさせていただきます」・・ここまでへりくだられては、ちょっとなあ・・・。

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2016年04月26日 ---- ボス

フォークシンガーの年齢

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ボブ・ディランのコンサートに行き(21日)、吉田拓郎を4時間AMラジオで聞いた(24日)。フォークソング出身者はいまだに頑張っている。若い!◆若い! ボブ・ディランって今何歳だ?Wikipediaで調べてみた。74歳。本当に若いのだ。吉田拓郎(70歳)と4歳しか違わないのか! 拓郎はボブディランに感化されてフォークシンガーになったと思っていた。たったの4歳差だったとは。・・じゃ、日本の「フォークの神様」岡林信康は何歳なの? これまたWikipediaで調べてみた。驚いた。岡林はまだ69歳。えっ?岡林は拓郎より年下だったの? ◆私の印象では 最も年長が当然 ボブディラン。5歳差で岡林、さらに3,4歳年少に吉田拓郎、くらいだと思っていたのだが・・。 人の記憶、人の年齢、あてにならない。

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2016年04月25日 ---- ボス

吉田拓郎

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ゴルフの帰り道、アクアラインが大変渋滞していた。すいていると自宅まで1時間で帰り着くのだが、君津市のゴルフ場を出たクルマは1時間経ってもまだアクアラインにすら乗ってなかった。「こりゃ2時間以上かかるな」絶望的な気持ちでそう呟きながらAMラジオをONにした。なんとラッキー「吉田拓郎 リクエストアワー2016 〜吉田拓郎が語る音楽人生」という番組が始まった。私は吉田拓郎の大ファン。「吉田拓郎 & かぐや姫 Concert in つま恋 2006」をはじめ都内で開催される拓郎コンサートには必ず行っている。◆渋滞も苦痛でなくなった。2時間以上かかって自宅へ帰り着くと自宅でもすぐにAMラジオをON。拓郎の、若いころのいろんなエピソードを聞き、ファンからのリクエスト曲を楽しんだ。CDはすべて持っているがAMラジオから流れる曲はCDとは違う感慨がある。しばし幸せな気分に浸った。ゴルフのスコアは最悪であったが、激しい渋滞に見舞われたが、ラジオのお陰で良い一日になった。ファンからのリクエストNo1は大方の予想どおり「落陽」であった。◆ちなみに昨夜、私が聞きたいと思った拓郎の曲ベスト10は・・・10位「風になりたい」9位「祭りの後」8位「永遠の嘘をついてくれ」7位「明日に向かって走れ」6位「旅の宿」5位「夏休み」4位「どうしてこんなに悲しいのだろう」3位「元気です」2位「ある雨の日の情景」1位「二十歳のワルツ」であった。半分の曲がオンエアされた。◆これを読んでくれている拓郎ファンの方・・・あなたのベスト10を教えてください。◆◆・・・・今日は「経営者」の顔を捨ててみた。

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2016年04月22日 ---- ボス

ボブディラン

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昨夜、ボブディランのコンサートに行ってきた。私はフォークソングが好きだった中学生、高校生の頃はよくボブディランを聴いていた。『Blowin’ In The Wind』や『Don’t Think Twice,It’s All Right』など「フォークの神様」として崇められていた。彼はその後ロックミュージシャンになりシンガー・ソンクライターとしてグラミー賞やアカデミー賞も受賞した。◆私は初めての「生ボブディラン」の演奏を楽しみにしていたが一方で不安もあった。最近のボブディランを私は全く知らなかったのだ。こちらは「あの頃のボブディラン」を聞きに行ったのに「現在のボブディラン」しか登場しなかったら寂しい。小田和正だろうが吉田拓郎だろうが井上陽水だろうが、長く活躍するミュージシャンはコンサートにおいては最近出したアルバムから演奏したがるものだ。こちらは最近のものより「あの頃」の曲を聴きたいのに・・。小田和正も吉田拓郎も井上陽水も、ファンの気持ちを知っているから、コンサートでは必ず「あの頃」の今日を半分くらいは演奏してくれる。一昨年、ポール・マッカトニーはビートルズ時代の曲をとても多く歌ってくれたという。さてボブディランはどうだろうか?そんな心配をしていた。◆持つべきものは友人。一週間ほど前、そんな心配をしている私をどこで知ったのか、高校時代の同級生で今は敬愛大学で英語を教えている増井由紀美さんからメールが届いた。「モトミ君、予習をしておいた方が一層楽しめるかもよ」とボブディランが今回の日本公演で歌う曲のリストが添付されていた。・・・・知らない曲が殆どだった。私は山野楽器へ走り、それらの曲が入っているCDを購入し、通勤のクルマの中で聞いた。うん、いい曲ばかり。さすがディラン。◆さて昨日のコンサート。予習の甲斐あって、なかなか楽しめた。ステージ上はボブディランを含めて総勢6名。ドラム一人の他はギターが4人。ギター四人のうち二人はスチールギターに替えたりウッドベースを弾いたり。最後には美しい音色でフィドロを弾いていた。素晴らしい。ディランのハーモニカやピアノも最高。◆残念だったことが二つ。増井さん情報では「アンコール」時に歌うとされていた『Blowin’ In The Wind』を歌ってくれなかった。もちろん『Don’t Think Twice,It’s All Right』もなし。「あの頃のボブディラン」は一曲もなかった。もう一つ残念だったのは歌詞の意味が分からないこと。もちろん私の英語力が無いことが原因なのだが、事前に歌う曲目が決まっているのだから、歌詞を流すことをしてもらいたかった。詩人としてノーベル文学賞の候補にも上がったことのあるデボブディランの詩、生ディランの演奏を聴きながら堪能したかった。

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2016年04月20日 ---- ボス

誤報

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朝、シャワーを浴びていると娘がドアを開け「美恵子おばちゃんが亡くなったって!」と悲しそうに伝える。「えっ?なんで?」と聞くと「分からないけど地震かも知れない。娘さんから『本日、未明、母が亡くなりました』って、それだけみたい」◆美恵子おばちゃんというのは福岡に住む、家人の親友。家人とは中学時代の同級生でありそれ以来、無二の親友である。私も学生時代からよく知っている。我が家に遊びにくることもしばしば、まさに家族ぐるみのお付き合い。◆シャワーを簡単にすまして裸のままリビングへ。家人は目を真っ赤に泣きはらし電話に向かっている。「繋がらないの」と言う。メールをもらった「美恵子の娘さん」に架けているようだ。泣きながら息子、娘に「あなたたちは出かける時間でしょ、母さんは大丈夫だから・・・気を付けて行ってらっしゃい」と言っている。
私も寝室に戻り、着替えを始めた。ネクタイをしていると家人の声が聞こえてきた。やっと電話が「美恵子の娘さん」に繋がったようだ。大きな泣き声が聞こえてきた。◆私はゆっくりとリビングに戻った。うん?あれっ? どうも様子が違う。家人は泣き腫らした目を拭きながらも笑顔である。隣で聞いていて事情が分かった。亡くなったのは「美恵子」ではなく「美恵子の母親」だったのだ。それを「美恵子」が家人に知らせようとしてどういう訳か「美恵子の娘」の携帯電話からメールを送信した。『本日、未明、母が亡くなりました』と。美恵子の娘の携帯電話からメールが届いた家人は「美恵子が亡くなった」と勘違いした。◆美恵子がミスったのか、家人が早とちりしたのか詳細は聞かなかった。朝から人騒がせなことだ。だが、死んだのが美恵子でなくて本当によかった。美恵子のお母さんは91歳であった。

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2016年04月19日 ---- ボス

感動! 遠藤征志ピアノコンサート

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日曜日(17日)、4年ぶりに「遠藤征志ピアノソロコンサート」が白寿ホールで開催された。一年に数回は都内のジャズバーで彼の演奏を聴いていた。溢れ出る才能に感嘆するものの正直伸び悩んでいるように感じていた。才能があるだけに私には物足りなく少し悔しく感じていた。一方でその端正な容姿やスマートな振る舞い、さらには優しく誠実な人柄は会うたびに楽しく、確実にファンも増え続けていたようだ。◆私がジャズバーで会い、物足りなさを感じている頃、実は彼は猛烈に努力を続けていた。彼の持つ「心からの優しさ」をなんとか明確な音、メロディーにしようと懸命に頑張っていた。東日本大震災の被災者が懸命に頑張って復興しようとしているのを彼も音楽家として一緒に頑張っていた。◆3部構成で開かれた今回のコンサート、その第3部は「東日本大震災からの復興を、みんなで力を合わせて頑張ろう」というようなメッセージがこもっていた。彼の優しさが現れたメロディー、それを表現する力強さと繊細さ。聴き入った聴衆の殆どが涙を流した。私はこんなに多くの聴衆が涙を流すピアノソロコンサートを知らない。有名なあのキースジャレットの「ケルンコンサート」ですらこれほどの人が涙してはいないだろう。◆聴きながら私も涙が大量に溢れてきた。ズボンのポケットからハンカチを取り出したかったが周りの人に迷惑だと思い我慢した。涙は頬を伝いポロポロとジャケットに落ちた。右隣の女性はずっとハンカチで目を抑えていた。左隣の女性は静かに鼻を啜っていた。演奏が終わったときの大きな大きな拍手。これほど濃い拍手は私も初めての経験。とにかく素晴らしいコンサートだった。一皮も二皮も向けた遠藤征志がそこにあった。これからの彼の活躍を期待する。がんばれ!◆もちろん会場に来ていた方々は熊本大地震の被災で苦しむ方々への応援も忘れなかった。 みんなで手を取り合って頑張るしかない。

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2016年04月18日 ---- ボス

熊本大地震

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大分県佐伯市で一人暮らしていた母は数年前から認知症の傾向がみられた。症状は八十歳を超えたあたりから急に酷くなった。生来、きれい好きで几帳面な母は元気な頃はマメに掃除をし自宅にはチリ一つ無かったのだが、徐々に掃除や洗濯をしなくなった。私が実家に帰るたびにその状況はひどくなっていた。それでもプライドの高い母は他人から介護されることを嫌いヘルパーさんを自宅に上げることすら拒んだ。私や姉がいくら説得しても現実を受け止めず、「掃除や洗濯くらい自分でできるよ。知らん人(ヘルパーさん)にうちに上がられるんは好かんよ」と言い続けた。◆仕方なく熊本の姉が月に一度、片道4時間をかけて佐伯まで母の面倒を見に帰ってくれていた。1か月分の掃除と洗濯をし、食品などの買い置きなどをしてくれていた。近所に住む親戚や古い友人たちが皆暖かく母を支えてくれていたが掃除と洗濯だけは姉以外にはさせなかった。姉が頑張ってくれたお陰で実家はごみ屋敷になることもなく、母は毎日下着を取り換えることができた。私は姉に感謝した。◆先週末、その姉の住む熊本を大地震が襲った。幸い姉の家族は皆無事であった。家の中は食器などが散乱し余震に怯える一家は二日二晩をクルマの中で過ごした。「家の中はひどいことになってるけど、みんなケガもなく元気だから心配しなくていいよ」と連絡があった。安心した。◆熊本と佐伯を結ぶルートは鉄道も道路も寸断された。もしまだ母が佐伯で一人暮らしていたら心配でならないところだった。私は「ご実家は大丈夫ですか?」と心配してくださる方々に対し、「ええ、幸い(?)母が先月亡くなったもので余り心配しなくて済むのですよ」などと答えている。いえ、もちろん「幸い」というのは「死んでくれて良かった」というつもりで言っているのではないのですが・・・。

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2016年04月15日 ---- ボス

予想が外れる!

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マスターズの優勝者予想①「リッキーー・ファウラー」②「ロリー・マキロイ」③「フィル・ミケルソン」を候補に上げた。初日が終わった段階でファウラーとミケルソンが消えた。私は初日が終えた時点で予想を大きく変更した。「今年もやっぱりジョーダンスピース」と変更した。スピースは強かった。二日目、三日目も首位をキープし、昨年から7日間連続でマスターズの首位をキープしていた。最終日もアウトコースを終わって2位に4打差をつけていた。「もう決まり」そう思った。テレビでは中島常幸が解説していた。私は中島の解説が嫌い。彼はときどき自分の言葉に酔っているように感じるから。その中島が「まだアーメンコーナーが控えてますから4打差じゃ分かりませんよ。なにが起こるか分からないのがこのマスターズという舞台ですからね」などと言っていた。私はテレビに向かって「おいおい中島さん、それはないでしょ。もうスピースで決まりでしょ。アーメンコーナーったってこの冷静なスピース君が4打もリードしてるんだから、決まりでしょ!」と言っていた。結果は・・・・・・私の予想は無残にも外れ、中島さんの言うとおり、とんでもない番狂わせが起こった。◆私の予想が大きく外れた今年のマスターズが終わった翌日「2016年 本屋大賞」の発表があった。この欄で私は以前から「今年の本屋大賞は『君の膵臓が食べたい』で決まり!」と何度も言ってきた。・・・・ところがその『膵臓』は惜しくも二位。一位は『羊と鋼の森』であった。私は本屋大賞ノミネート10作品のうち6作は読んでいたがこの「羊と鋼」は読んでいなかった。本屋で何度か手に取ったがなぜか購入して読んでみようと思わなかったのだ。◆いずれにしても私の予想はまたしても外れた。実は本屋大賞は毎年予想しているがこれまでに一度も当たったことがない。◆私には予想するセンスがないようだ。競馬の馬券は購入しないことにしよう。

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2016年04月09日 ---- ボス

椿と山茶花(さざんか)

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今日は土曜日だが早朝から出勤し、働いている。オフィスには私一人。天気も良く絶好のゴルフ日和だが、こうしてオフィスでのんびりと仕事するのも悪くない。今週は水曜日にお客様とゴルフをしたので今日は「代休」の反対の「代出勤」だ。テレビではマスターズが観戦できる。なんとも平和で幸せな生活を楽しむことができている。感謝、感謝。神様と社員と家族と皆々様に感謝。◆水曜日のゴルフは埼玉県の「武蔵OGMゴルフクラブ」を回った。私のホームコースの一つ。とても美しいコース。桜をはじめ、一年で最も多くの花が咲きそろう時期に楽しくラウンドできた。◆ティーショットを終え歩きながら「椿がキレイですね」とキャディさんに話しかけた。「あれは椿ではなく山茶花なんですよ」とキャディさんが教えてくれた。「えっ?山茶花は冬の花。春咲くのは椿じゃないの?」と思ったがキャディさんは既に私の隣にいなかった。私はセカンドショットを打ち、また山茶花を楽しみながら歩いていた。確かに花びらの落ち方は山茶花のようだ。◆みなさん、知っていますか?椿は花がポトリと固まって落ちるが山茶花は花びらがひとひらずつ散るように落ちるのです。◆「春咲く山茶花もあるんだな」などと思いながらその他の花も楽しんでいた。「こぶしかな?いやモクレン?」「あれはハナミズキ?」などと思いながら歩いていた。またキャディさんが近くに来たのでそれらの花の名前を確認していた。そしてちょうど私が「椿と山茶花の花の落ち方の違い」をキャディさんと話しているときだった。一緒に回っていたSさんが楽しそうに私たちの会話に入ってきた。◆「キノシタさん、椿は都はるみ、山茶花は大川栄作、ハナミズキは一青窈、こぶしは千昌夫、芥子は藤圭子、三色スミレは桜田淳子。そして桜は森山ナントカと福山雅治」・・・・・素晴らしい! 私は楽しく、感動した。 春は楽しい。ゴルフは楽しい。そして仕事も楽しい。そして私は明日もゴルフだ。明日のゴルフは大分県佐伯市出身者たちとのコンペ。私はひそかに優勝を狙っている。

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2016年04月09日 ---- ボス

東京オリンピック エンブレム

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昨日、2020年東京五輪・パラリンピックの新エンブレムの最終候補4点が発表された。私の感想は「しょぼい」「情けない」「冴えない」・・・まあ、4作品どれもが小粒。どれになっても恥ずかしい。我が日本ではこの程度のデザインが国を代表するエンブレムとなるのか。そしてその4点、いずれもどこかで見たことあるような懐かしい感じのもの。レトロな感じのものばかり。ああ情けない!◆ベルギーのリエージュ劇場のマークに酷似しているなどとくだらぬクレームに負けて取り下げてしまった佐野研二郎氏のデザインが素晴らしかっただけに、今回発表の4作品がみすぼらしくさえ見えてしまう。佐野氏は確かに「サントリーのトートバッグ騒動」など、管理者としては失格の烙印を押されてもしかたない部分はあったが、私には佐野氏のデザインしたオリンピックエンブレムがリエージュ劇場のマークに酷似しているなどとは到底思えなかった。なんとかあの素晴らしいデザインで押し進めることはできなかったのか。◆佐野氏を守り切れなかったオリンピック組織委員会は安易な道を選び、新エンブレムを募集することにしたのだが、結果だけを見たら、「陳腐な、インパクトの全くないマーク」に収まることになった。これではオリンピックは盛り上がらない。盛り上がれない。・・・・・と私は思う。

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2016年04月08日 ---- ボス

日比谷線 銀座駅 「銀座の恋の物語」

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昨夜の酒が少し残っていたがマスターズをテレビ観戦するために頑張って早く起きた。(昨夜は新入社員歓迎会が開かれ、私も随分と飲まされてしまった。) マスターズでは、今年は調子が悪いと聞いていたジョーダン・スピースが初日から飛ばしていた。さすがはスピース。私は今年の優勝予想に彼の名前を入れなかったことを早くも後悔している。知的で優しくそして冷静。彼は私が最も応援するゴルファーなのだ。◆逆に、私が優勝候補の1番手に上げたリッキーファウラーはなんと80を叩いて早くも優勝争いから名を消してしまった。あとはミケルソンに頑張ってもらおう。・・などと思いながらも「やはり今年もスピースなのだろうな」と感じている。スピース君、優勝予想からキミの名を外してごめんなさい。でも応援していますよ。◆そんなことを思いながら今朝は電車で出勤した。広尾から日比谷線に乗り銀座で下車。銀座から新橋のオフィスまでは歩くことにしている。銀座で電車を降りたときに聞きなれないジングルが聞こえてきた。「銀座の恋の物語」◆JR山手線の高田馬場駅では数年前から「鉄腕アトム」が流れている。各駅でオリジナルのジングルを流しているのは知っていたが日比谷線「銀座駅」で「銀座の恋の物語」を聞いたのは今日が初めてだった。いや、ひょっとしたら以前から流れていたのに私が気づかなかっただけなのだろうか? 早速ウィキペディアで調べてみた。すると・・・・「2015年6月から9月まで発車メロディについてのリクエストを実施した結果、2016年3月31日から秋葉原駅で「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)、4月8日から銀座駅で「銀座の恋の物語」(石原裕次郎・牧村旬子)がそれぞれ採用されることになった」ということだ。◆そう、今日からだったのだ。さてどれだけの乗降客が気づいただろうか。「オレって、するどい!」・・・気づいたことを自慢したくなった。

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2016年04月07日 ---- ボス

演歌

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娘が幼稚園に通っていた頃だから、今から20年以上も前のことだ。その日、私は自宅でのんびりと休日を楽しんでいた。テレビでは美空ひばりが歌っていた。「思い出のメロディー」というような番組だった。テレビから流れてくる美空ひばりの声を聴くともなしに聞きながら私は書き物をしていた。私のそばで娘が遊んでいた。とても平和な休日だった。◆「パパぁ? これ、演歌?」娘が尋ねてきた。私は書き物から顔をあげ娘の方を向いて答えた。「へえー、みゅうちゃん、演歌を知ってるんだ? そうだよ、これ、演歌だよ」 娘は不思議そうな顔をしていた。私は続けて聞いた。「みゅうちゃん、演歌、好き?」 すると娘はビックリしたような顔をして言った。「だいっきらい!」と。私は思わす噴き出した。幼稚園生の娘が演歌を好きなわけがない。楽しそうな顔をして「だいっきらい!」と答える娘がたまらなく可愛かった。私はすぐにチャンネルを替えた。私も演歌には興味がなかった。◆あれから20年が経った。夜は銀座のジャズバーで飲むことが多い。早朝のオフィスでは大音量でジャズのCDをかけている。ところが・・・。実は最近、なぜか演歌がとても好きになった。週末、ゴルフ場に向かうクルマの中ではムード歌謡や演歌を聴くことが増えた。◆昨日は晴天の下、桜満開の埼玉のコースでお客様とゴルフを楽しんだ。帰りのクルマの中、藤圭子を聴きながら20年前の、娘の「だいっきらい!」を思い出し楽しい気分になった。◆20年は早い。私も60歳手前になり、演歌を愛する枯れかけた良きオジサンになろうとしている。・・いや、そうなりたいわけではないのだが・・。

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2016年04月05日 ---- ボス

マスターズ

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今年もまたゴルフ界最大の祭典マスターズ・トーナメントが開催される時期になった。アメリカ・ジョージア州のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブを会場に開かれるゴルフのメジャー選手権のひとつ。メジャー4大会の中でもやはりこのマスターズは別格である。週末から来週の月曜日にかけて、眠れない夜を過ごすこととなるゴルフファンは日本にも多い。◆毎年恒例となっている今年の優勝予想。①リッキー・ファウラー  ②ロリー・マキロイ  ③フィル・ミケルソン としよう。2年前から応援している好青年ジョーダン・スピースはこのところショートパットの調子が良くないようだ。私は応援はするが予想は予想。ここは冷徹に優勝候補から外した。◆ファウラーが優勝したら「キノシタさん、すごいですね!予想的中ですね!」との電話、メールをお待ちします。

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2016年04月04日 ---- ボス

御柱祭り 「数えで7年ごと」って?

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長野県・諏訪大社の御柱祭(おんばしらまつり)は昨日、この祭りのクライマックスとも言える「木落し」と「川越し」を無事終えた。今朝のテレビではこの勇壮な祭りの模様を各局が報じていた。◆この御柱祭は「7年に一度」開かれていると思っていた。テレビを眺めながら「7年前」を思い出し、「7年って早いなあ」などと思っていた。チャンネルを変えると別の局でもやっていた。女性アナウンサーが「数えで7年に一度開かれる御柱祭が・・・」と伝えていた。◆「数えで7年に一度・・・?」 ヘンな言い方をするなあ、と訝しく感じた。「満〇〇歳、数えで〇〇歳」という年齢の数え方は知っていた。だが「数えで7年に一度」などという言い方は知らなかった。誰も不思議に思わないのか? アナウンサーは何故「数えで」などと言ったのか?◆ウィキペディアで調べてみた。「正確には満6年間隔で行われる『6年に一度』なのだが、慣例として数え年の7年目ごとという意味で『7年に一度』と表記されることが多い。最近は「7年目」もしくは「数えで7年」という表記に変わりつつある」ということだ。◆そういうことだったのか!ずっと7年に一度だと思っていた。報道する者は、聴く者が正確に理解するように注意すべきではないのか? これでは「数えで5年に一度開かれるオリンピック」になってしまう。◆「日本特有の、古くから伝わるお祭りだから・・・」などと言い訳をするのだろう。「だからわざわざ『数えで』と付けているではないか!」と反論するのかもしれない。 ふざけるな! 報道はもっと「誤解を産まないように」注意すべきだ。ほんのちょっとした気配りが報道する側には欠けている。

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2016年04月01日 ---- ボス

四十九日

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昨日(3月31日)故郷の大分県佐伯市で母の四十九日法要が営まれた。位牌に母の魂が移り住んだ。生前の母の希望で遺骨は母の生家の墓へ入ることになった。父の眠る墓へは分骨して入れてもらうことにした。◆母の葬儀や納骨で教を上げてくれたのは私の小中高の同級生、山本隆信住職であった。彼は佐伯鶴城高校を卒業した後、早稲田大学の政治経済学部に学んだ俊英であった。小学校の頃から歌がとても上手だった。歌が上手かった少年が、大学を卒業したのち、実家の寺を継ぎ、お経を上げる。発声が良いからか彼のお経は朗々として(?)穏やか。聴いていて気分がいい。お陰で気持ちよく母をあの世に送り出すことができた。◆隆信和尚のことを、高校大学時代は「リューシン」と呼んでいた。酒好きの「リューシン君」だったが母の法要をお願いする身、さすがに「リューシン」とは呼べない。母が亡くなってからは「住職」と呼ばせてもらっている。その「リューシン住職」が法要の合間に中学時代の思い出を語りだした。私が作った短歌がとても良かったと褒めてくれたのだ。◆中学2年生の時だった。「大分県短歌コンクール」とかいう催しだったのだろう。全校生徒が短歌を作る宿題がでた。そして私の短歌が大分県最優秀賞をいただくことになった。私は全校生徒の前で校長から賞状をもらった。校長も嬉しそうに私の短歌を読み上げてくれた。その短歌は母への感謝の気持ちを歌ったものであった。◆「誕生日の 祝いに母より 下駄もらう 父を亡くして 六年になりぬ」・・・優しかった頃の母を思い出した。優しい気持ちで母を見送った。

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2018年11月16日 ボスの
スケジュール
  • 午前机回り整理
  • 午後「新ヘリポートの造り方」執筆
  • 夕方協力会社との安全集会
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