2017年02月の記事一覧
◎2017年02月28日 ---- ボス ◎
- エマ・ストーンの神対応
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アカデミー賞授賞式で大失態があった。「今年のアカデミー作品賞は『ラ・ラ・ランド』です」と発表され、関係者が壇上で受賞の喜びを語っているときに「間違いでした。作品賞は『ムーン・ライト』です。ごめんなさい」と訂正されたのだ。「ラ・ラ・ランド」の受賞を確実だと思っていた一ファンの私でさえ不愉快になった。一旦「作品賞に選出されました」と言われ大喜びしているところで「間違っていました」と言われる。まさに、ぬか悦び。「ラ・ラ・ランド」の関係者はさぞ腹が立ったことだろう、と思っていた。◆今朝の報道で驚いた。「ラ・ラ・ランド」の主演女優エマ・ストーンの対応に。彼女は「これってこれまでのオスカーで最もクレイジーな瞬間なの?」と記者陣に問いかけ「Yeah!」と返されると、「最高! わたしたちは歴史を作ったってことでしょ!」と笑顔で答えたのだ。それだけではなく「わたしは『ムーンライト』がマジで好きなの。本当に大好きなの! 本当に興奮しているわ」と絶叫せんばかりに『ムーンライト』をたたえた。「そりゃもし『ラ・ラ・ランド』が作品賞を獲れたら素晴らしかったでしょうけど、わたしたちは『ムーンライト』の偉業にとっても興奮しているわ。映画史における名作の1本だと思うもの」と興奮気味に語ったのだ。(一部、「シネマ・トゥデイ」からの引用)◆がっかりするでもなく、運営者に腹を立てるでもなく、笑顔で現実を受け止め、ライバルを心から称賛する。私はエマ・ストーンのこの対応にこそアカデミー賞をあげたくなった。◆一昨日の日曜日、私は一人で「ラ・ラ・ランド」を観に行った。数年に一度の最高の映画。ミュージカル好き、ジャズ好き、アメリカ好き、映画好きにはたまらない作品だ。みなさんもお早めに観に行かれること、お勧めします。
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◎2017年02月23日 ---- ボス ◎
- 6年前
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7年前の8月、カナダ国境に近いミシガン湖のほとりの田舎町メノミニーで、試験飛行を終えたその小型ヘリコプターは一旦分解されコンテナーに積み込まれた。そのコンテナは陸路、西海岸を目指し、数日後ロサンジェルス港で貨物船に乗せ換えられる。数週間かけて太平洋を渡り横浜港へ、さらに陸路仙台空港を目指した。仙台空港に着いたのは9月の下旬だったろうか。そのヘリコプターは仙台空港で組み立てられ、初めて日本の空を飛んだ。いくつかの計器が加えられ、胴体には漢字文字や日の丸が描き加えられた。5か月かかってすべての調整が終わった。◆6年前の昨日(2月22日)、陸上自衛隊練習用ヘリ「TH-480B」 全30機のうちの初号機を当社が納入した。寒い日だった。盛大なセレモニーを終え、機体は西の空へと飛んでいった。私はその機体に向かって手を振りながら初号機納入の安堵を覚えた。と同時に続く29機を滞りなく納入する使命に対し新たな緊張感をも覚えていた。◆納入式から20日後、その仙台空港を大地震が襲う。続いて大津波が襲った。仙台空港にあった数十機のヘリコプターは全滅した。5か月間仙台空港にいたあの機体が仙台空港を離れて20日後に津波が襲ったのだ。◆地震がもう少し前に発生していたら、あの機体も流されていた。私は自殺していたかもしれない。運命の恐ろしさを感じる。被災者の方々には誠に申し訳ないが、自分の幸運をとてもとてもありがたく感じた。あれから6年が経った。
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◎2017年02月22日 ---- ボス ◎
- 不謹慎はどこまで?
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私がまだ高校生の頃の話。中国地方の国立大学の医学部で、人体解剖実習のさなか切断した首をラグビーボールのように投げた学生二人が退学処分になった。未成年の学生が粋がってやったこととは言え、そしてその学生たちは十分に反省しているとはいえ、その行為はあまりにも不謹慎。退学処分は妥当だと高校生の私は思った。◆解剖実習中の不謹慎な行動で退学処分となった例は意外と多い。遺体から耳を切り取り、壁に貼り「壁に耳あり」と言ったバカな学生や、小腸で縄跳びをした者もいる。医者となる資質というよりもまず常識的な人間としての資質に欠ける。退学処分は当然である。◆こちらはどうだろう? 福岡の外科病院で高齢(85歳)の院長が立ち会う最後の手術で、手術中に記念写真が撮られた。全身麻酔で眠り、腕の手術を受けている患者の横でピースサインをする看護師の写真やカメラ目線の医師たちの写真など。バカな看護士がこれをSNS上に公開した。マスコミは例によって正義人ヅラして「全身麻酔で眠らせ、何が起こるかわからない状態の患者と写真を撮るという、非常識な行動。」と非難する。マスコミに非難されて院長は反省し謝罪した。◆私には分からない。手術中に冗談は言えないのか。手術中にリラックスはできないのか。・・・・意外と簡単な手術だったのかもしれない。◆写真をSNSに公開した看護師は避難されても仕方がないが、高齢の院長最後の立ち合い手術を、手術中に撮る行為を「不謹慎だ!」と決めつけ、「反省しろ。謝罪しろ」と迫るマスコミの方がよほどおかしいと感じる。少なくとも全国ネットのニュースで報道するほどの大事件ではない。
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◎2017年02月22日 ---- ボス ◎
- 実業家大統領 トランプさん
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平成5年、私は請われて、ある会社の「取締役航空事業部長」になった。事業部員50人、所有ヘリコプターは15機程度だった。バブル経済が崩壊していくなか、放漫経営を続けてきた前任者の尻ぬぐいをするのが私の役目だった。◆「どう、贔屓目(ひいきめ)に見ても利益が出ているわけがない」と直感的に思ったが経理資料を詳細に調べるとやはり前任者の「いい加減さ」ばかりが目立つ。「まず無駄を省かなくては・・」 私はコストカットを急いだ。当時はまだ土曜日は半日出勤であったが、これを週休二日にすることでベースアップをゼロにした。エレベータのメンテナンス会社を替えたら料金は半値になった。コストカットできる項目はいくらでもあった。それほど無駄が多かった。そして私が最も大きくカットしたのが保険料であった。◆ヘリコプターの保険料だから高額だった。販売用の新機にも「飛ぶかもしれない」と飛行保険が掛けられていた。年間で数千万円の保険料だった。保険会社の担当者を呼び「必要性の低いもの、リスクが小さいと思われるものから徹底的に削ってください」とお願いした。一週間後、担当者はニコニコして私も元へやってきた。「年間40万円ほど削ることができました。あとはやはりすべて必要でしょう」と言い、彼はなぜそれらの保険が必要か、止めたらどんな心配があるのかを説明し始めた。彼の話を最後まで聞かないうちに私は腹が立ってきた。「あなたの話を聞いてもしようがない。私と一緒に苦しんで考えてくれない担当者には用がない。帰ってください。そして別の担当者か上司をよこしてください」私の声は荒れて大きかった。◆別の担当者がやってきた。「『今の保険を削る』という考えは私にはない。あなたも捨ててください。まずは現状は保険に入っていないと思ってください。どうしても入らないとならない保険を必要性の高い順に教えてください。理由も説明してください」と私は言った。つまり 「現状を変更する」のではなく「ゼロベースに戻し新たに始める」と考えることにしたのだ。結果、保険料は前年度の半分以下に収まった。◆なにかと批判されている米国トランプ大統領だが私にはメディアが叩きすぎと見える。7か国からの入国を制限しようとしたところ大バッシングを受けている。もちろん、いろんな意見があるだろう。だがトランプ大統領はイジワルで入国制限したのではない。アメリカを守るためにはどうしたらいい?考えた結果が入国制限だったのだろう。現状から7か国を禁止にしたのではない。彼は一度ゼロベースにしたのだと思う。頭の中で一度、鎖国して、すべての国に対し入国を制限する。そして「この国は大丈夫」と思える国は開国する。開国する国はどんどん増える。だがまだ「この国は大丈夫」とは言えない国が7つ残った。そういうことだろう。◆政治家の考え方ではなく、事業家の考え方。私にはトランプさんの思考回路、理解できなくはない。・・・・理解はできるが気が小さい私にはとてもトランプさんのマネはできない。
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◎2017年02月20日 ---- ボス ◎
- 「弱いものが強い」のが正しいのか?
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私が前田建設工業に勤務していた頃、イヤでイヤでどうしようもない上司がいた。ある作業所で彼と一緒に勤務することになった。毎日が苦痛だった。会社を辞めたい、と思ったが大学を浪人し留年までした身、簡単に辞められない。とにかく頑張った。「2年も我慢すればヤツと別れられる」・・耐えた。2年が過ぎた。工事が終わり、私と彼はそれぞれ別の作業所へ異動した。私は思った。「またヤツと同じ作業所になったら、その時がこの会社を辞めるときだ」◆それ以来、彼と一緒に働く機会はなかった。あれから30年経った。私は全く別の理由で前田建設工業を辞めることになったのだが、今でも私は彼のことは好きではない。好きではないが、実は彼から教えられたこと彼から学んだことが実に多く、それによって私はあのときに成長していたのだと今は素直に言える。(結果的に、いくら私のプラスになったといっても、嫌いなものは嫌いだ)◆個人のことよりも組織(会社)のことを優先して考えるのが良い会社人だ、と考える人が多い。事実、私も社内会議では「自己犠牲」という言葉を多用する。「自分を捨てて、会社のために頑張ってくれたら、きっとその結果があなたに還元される」・・そんなことを言う。真面目な社員ほど、素直に私の言葉に従う。私は彼の査定点(評価点)を上げる。会社は利益が増し、彼の給与は上がる。好循環だ。◆自分を犠牲にしてまで会社の発展に尽くした者ほど部下にも自己犠牲を求める傾向がある。私もその一人だろう。(前田建設時代のあのイヤな上司もそんな男だったのだろう。) そうやって多くの会社は成長してきた。◆ところが昨今、「弱いものが強くなった」と私は感じている。私は、自分がそう考えたように、「どうしても耐えられない」という状況になったら会社を辞めればいい、辞めるしかない、と思ってきた。ところが・・・。◆厳しい上司の気持ちも知らず、辞めることもせず、恨み節を書いて自殺する人が出た。世間は事情を確認することもなく「会社が悪い!」「上司が悪いい!」と騒ぎ立てる。「死ぬ選択より辞めるを選択すべきだった」と言っている人を私は知らない。言えないムードがこの国を覆ってしまっている。◆大手証券会社の関西支店に勤める私の親しい友人(後輩)がいる。バリバリの営業マンで客からの評価も高かった彼が突然、資料室に異動になった。カラダを壊したのかと思って連絡してみた。そうではなかった。「厳しくしすぎたみたいです」・・元気なく彼は答えた。「チクられました」と寂しそうな声。 「上司の上司」に問題解決を頼むか、かつての私のように「辞める」という選択を考えるのではなく、「こんなに酷い上司がいます」と本社の、コンプライアンスを管理する部署に、あることないことをチクったそうだ。◆「強い者」「厳しい者」に対抗する手段として「自殺」や「チクり」が広がってきた。今後、我が国には「厳しい者」がどんどんと減って、どの企業も高校の文化祭のような仲良し集団になっていくのだろう。それが居心地の良い社会につながるとは私は思わない。もちろん会社の発展につながるとも思えない。◆ ◆念のために申し添えるが私は「パワハラ」を肯定しているわけではない。 現実を見ずに一方的に
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◎2017年02月16日 ---- ボス ◎
- 全国規模で取り上げるべき記事か?
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yahooニュースに以下の記事があった。「東京都品川区立小学校の男性教諭が1月中旬、担任をしている5年生の理科の授業で『自然分娩(ぶんべん)で子供を産んだ方が、帝王切開で産んだ時よりも親は愛着を抱きやすいという説がある』と発言していたことが15日、同校への取材で分かった。学校側は不適切な発言だったことを認め、校長と発言した教諭が保護者会で謝罪した。・・(以下 略)」・・・・・・こんなことを大騒ぎする方がおかしいと私は思う。記事はさらに「自然分娩の大変さを説明しようとした中での発言だったという。児童から発言を聞いた保護者が学校に問い合わせて発覚。発言から6日後に予定されていた保護者会の冒頭で、校長と教諭が「配慮に欠ける発言で申し訳ない」と陳謝した。(以下 略)」と続く。 ◆確かに不適切な発言だが悪意や差別意識があっての発言ではない。不快に思われた親に対して教師が謝ればそれで済むことじゃないのか? 「不快に思った親」⇒「保護者会』⇒『マスコミ』 と問題を大きくしていくことになんのメリットがあるのか私には理解できない。この記事を読んで不快に感ずる人が全国に生まれるだけじゃないのか? どこにだって配慮に欠ける発言をする人はいる。その場で注意し、相手が反省しているならその場で解決できるのじゃないか?◆「そんな発言、私は絶対許しませんから!」とヒステリックに叫ぶ母親と、「これは記事になる」とくだらぬことで喜ぶマスコミ。 そんな人たちのおかげで、この国はどんどんと程度の低い国へと成り下がっていっているように私には見える。◆誤解なきように確認するが私はその男性教諭の発言を擁護するつもりで書いているのではない。事件を大きくしようとする何らかの力に対して「おかしいよ」と言いたいのである。
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◎2017年02月16日 ---- ボス ◎
- やっぱりレベルが低い「産経抄」
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日経新聞を読まない私だが朝・毎・讀・産のコラムには目を通す。以前、この欄で産経新聞のコラム『産経抄』がおかしい、と書いた。他紙ではほとんど使われることのない「はず」と言うことばがしょっちゅう出てくる。「・・そう思ったはずだ」「・・期待していたはずだ」などと人の気持ちを「・・・はずだ」と断定してしまう。おかしい。私は「産経抄」と「天声人語」を読み比べ、この「はずだ」との表現をチェックしたことがある。正しい数字は覚えていないが、年間で「天声人語」では1回なのに「産経抄」では数十回使われていた。「産経抄」、おかしい。◆その今朝の「産経抄」に次の文があった。おかしくないか? 「鮮血は執筆中だった、スターリン批判の原稿を真っ赤に染めたという。」・・「おかしい」と感じるのは私だけなのだろうか? 小学校の国語教師はこの文読んで「おかしい」と思わないのだろうか? (小学校の先生は産経新聞を読まない、という説もあるが・・) ◆その個所を私は何度も読み返した。おかしい。「鮮血は執筆中だった、スターリン批判の原稿を真っ赤に染めたという。」・・やっぱりおかしい。正しくは「鮮血は、執筆中だったスターリン批判の原稿を、真っ赤に染めたという」或いは「鮮血は、執筆中だったスターリン批判の原稿を真っ赤に染めたという。」あるいは「鮮血は執筆中だったスターリン批判の原稿を真っ赤に染めたという。」だろう。◆句読点のつけ方の問題。おかしくないの? 「おかしい」と感じる私のほうがおかしいのか?
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◎2017年02月14日 ---- ボス ◎
- バレンタインデー
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今朝、久しぶりに娘を助手席に乗せ、クルマで出社した。途中で娘を降ろすのだが、そこまでしばし父娘の会話を楽しんだ。娘は社会人4年生。もう20歳代の後半になった。某企業の総務部に属している。◆「今日はバレンタインだね、キミも会社で義理チョコ配るの?」と何気なく聞いた私に、彼女は困ったような顔をして「そうなのよ。私は止めたいんだけどね・・・部の女性社員全員で男性社員一人ひとりに配るんだ。恒例の行事になってるみたいなの。『私は参加しません』なんて言えないしね」 娘は不満気にそう話した。「父さんの会社では、もう数年前から社内義理チョコ禁止だよ」と私が言うと「いいなあ、うちも誰かが『義理チョコ禁止』って言ってくれないかなあ」と娘。「でもまあ社内のコミュニケーションが円滑になったり良い面もあるでしょ。義理チョコすべてが悪いってわけでもないよね。会社や部署や個人でそれぞれ考えがあるからね。一旦はじめたことを止めるってのも難しいよね」と私が言うと娘はさらに悲しそうな声でこう言った。「うん、私は別になにも困らないからいいんだけどね・・・。でも実際は男の人が大変そうで・・。最近は、チョコをもらったら何かお返しをしないといけないムードでしょ? オカネもかかるし、それよりも何を返そうかとかいろいろ大変でしょ? やっぱり父さんみたいに、うちの会社でも誰か偉い人が『義理チョコ禁止』って言ってくれたほうがいいなあ。父さん、父さんの行動は正解よ」◆父親という動物は、娘と話をするだけで嬉しいものなのだが、こんなたわいない話で最後に「父さん、正解よ」と言われるととても気分が良くなる。娘は「どうもありがとう」と言って最寄り駅で降りた。娘の後ろ姿に「気を付けてな」と言いながら私はクルマを発進させた。そのとき私はきっと、にやけた顔をしていただろう。
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◎2017年02月13日 ---- ボス ◎
- 母の一周忌
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今日、二月十三日は母の命日。昨年の今日、早朝に母は眠るように息を引き取った。この週末、一周忌の法要がいとなまれ私は寒い寒い九州、大分へ帰ってきた。苦労ばかりだった母の人生を思い、改めて感謝の気持ちが強くなった。◆法要を済ませ、大分空港へ向かう途中に杵築市というのどかな城下町があるがある。そこに私の小学校1.2年生時の担任、I先生が住んでいる。久しぶりに訪ねてみた。89歳のおばあちゃんになられたI先生は穏やかに、笑顔と涙で私を迎えてくれた。◆私が小学校の2年生の冬休み、父母姉と私が乗ったタクシーが事故を起こし、気付くと父は助手席で血を流し死んでいた。母も顔に大けがを負った。私は生え変わったばかりの永久歯を失った。真っ先に駆けつけてくれたのがI先生だった。◆私は冬休み明けから祖父祖母の家へ移ることになり、転校することになるのだが、私が転校したあとも、ずっとずっとI先生は私のことを見守ってくれていた。顔に大けがを負い、後遺症に苦しむ母を優しく助けてくれた。私が高校を卒業するころまで、毎年1回はご主人と一緒に、車で2時間もかかる我が家まで来てくれていた。◆私は後になって知るのだが「もし大変ならばモトミちゃんは私たちが育てるから。もし大変ならば私たちがモトミちゃんを養子に迎えるから」と言ってくれていた。母はI先生夫妻に感謝しながらも私を手放すことはなかった。苦しみながらも頑張って私を育ててくれた。子供がいなかったI先生ご夫妻は遠くから私を見守り続けてくれた。もし、あの事故で父と一緒に母まで亡くなっていたら、私はきっとI先生の養子になっていたのだろう。◆忙しさにかこつけて私はここ10年近くI先生を訪問していなかった。母の葬儀の案内も出さなかったが、昨年末に喪中はがきを送ったところすぐに先生から連絡を受けたのだった。◆I先生は89歳になられても矍鑠(かくしゃく)としていた。「立派になったねえ。頑張ったねえ」・・私の訪問を本当に嬉しそうに喜んでくれ笑顔で話し始めたI先生、すぐに声が詰まり涙が落ちてきた。涙声で「モトミちゃんは子供の頃から成績が良く、走るのも早く、そして正義感が強かったもんねえ。それでいて小さなことには動じない立派な子やったねえ。人物やったねえ」と、べた褒め。少し恥ずかしかったがとても嬉しかった。私も涙で返事をすることができなかった。◆「また来ますね。先生もお元気でね」と言って別れた。
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◎2017年02月08日 ---- ボス ◎
- 「沈黙」
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「キノシタさん、『沈黙』は読みましたか? 」親しい友人Mさんが聞いてきた。 「遠藤周作の? 多分、学生時代に読んだと思うけど・・・。でも今、内容を全く思い出せないってことは読んでないんだろうねえ」 私は人生で最も読書していた学生時代を思い出しながら答えた。内容は覚えていないが学生時代確かに私の本棚にはハードカバーの『沈黙』が並んでいた記憶がある。買ったけど読まなかったのか・・?◆Mさんは続ける。「マーチン・スコセッシの『沈黙』が上映されてるでしょ。映画観に行く前に読んでおこうと思って、昨日文庫本買ったんですよ」 ◆マーチン・スコセッシ監督の、江戸時代の日本を題材にした映画がまもなく上映される、ということはどこかで聞いていた。その映画が遠藤周作の『沈黙』だとは知らなかった。「やっぱりオレ読んでないわ。『沈黙』が江戸時代の話だってことすら知らなかったよ」そう答えながら私も急いで読んでみようと思った。「TSUTAYA」で、平積みされた文庫本『沈黙』を買って、読み始めたのはなんと伊勢神宮へ向かう新幹線の中だった。◆『沈黙』は、島原の乱のあときわめて「キリシタン禁制」厳しい日本に潜入して布教活動を続けようとするポルトガルの司祭の苦悩を描いたもの。日本のすべて神社の最上位に位置する伊勢神宮に参る往復の道中「キリシタンの苦しみ」を読んでいたわけだ。滑稽ではあるが、不徳とも不遜とも思わない。信仰というものの尊大さ、奥深さに対し素直に敬意を表する。それが神道であろうがキリスト教であろうが仏教であろうが、あるいはイスラム教であろうが。◆私は「苦しい時の神頼み」の、宗教的にはつまらぬ人間である。残念ながらつまらぬ人間であるのだが、今、世間を見回すと「IS問題」やトランプ大統領のイスラム教徒差別感など宗教がらみの問題や紛争が絶えない。わが国でもオウム真理教の事件があった。私のような「苦しい時の神頼み」的な中途半端なつまらぬ人間のほうが幸せなんじゃなかろうか、そんなことさえ思いながら今年の「お伊勢参り」は完了した。
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◎2017年02月08日 ---- ボス ◎
- 酒池肉林
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「オレ、今年の六月で60歳、還暦ですよ。どうしてくれます?」 ゴルフ仲間に冗談で問うたところ「酒池肉林のパーティー開きましょうか?」と明るく返された。「酒池肉林?すごいですねえ、いいですねえ」 これまた冗談で私も明るく返した。私はスケベ心がくすぐられニタッとしてしまった。だがそこに女性もいた。「まずい。『酒池肉林』はセクハラ用語ではないか!?」 私は少し焦ったが幸い何事もおこらず、サラッと楽しく時間は流れた。 だが私はそこに、なにか違和感を覚えたのだった。◆ 『酒池肉林』という言葉を私が知ったのはいつだろう? 早熟だった私はすでに小学校の高学年の時にはその言葉を知っていたと記憶する。そして早熟だった(正確には「スケベだった」かな?)私はその言葉の意味を 「酒の池(風呂・プール)の中に水着(あるいは裸)の美女を大勢はべらかしている様」と理解していた。子供のころからずっとそう思っていた。◆大学生時代だった。テレビでヒュー・ヘフナー(雑誌『PLAY BOY』の発刊者)の暮らしぶりが紹介されていた。「これってまさに『酒池肉林』の世界だな。すげえな、うらやましいなあ」と若い私は思っていた。◆ゴルフ仲間との会話の中で、なにか違和感を感じた私はWikipediaで「酒池肉林」を調べてみた。こう書いてあった。 「酒池肉林(しゅちにくりん)は、酒や肉が豊富で豪奢な酒宴という意味の四字熟語である。『肉林』の『肉』に『肉欲』の意はなく、女性に囲まれて大騒ぎをする宴というのは誤用である」・・・・・・「ええっ?そうだったの?ああ恥ずかしい」、私は小学生のころから誤用のほうで「酒池肉林」を理解していたのだ。◆「酒池肉林」・・・セクハラ用語でもなんでもない。「豪華な酒宴」のことだった。恥ずかしい。 ・・・が、私は誤用の「酒池肉林」つまり大きな声では言えない、女性の前では使ってはならない「酒池肉林」も四字熟語として生き続けることを明るく願っている。 ヒューヘフナー、かっこよかったもんなあ。
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◎2017年02月06日 ---- ボス ◎
- お伊勢参り
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ここ10年ほど毎年一月に「お伊勢参り」をしてきた。例年、伊勢市小俣町明野にある「陸上自衛隊 航空学校本校」を表敬訪問するのに併せ参拝していた。前日に外宮近くの宿に一泊し、翌日早朝、日の出前に外宮を参拝。宿に戻り朝食を取り、ゆっくりと内宮を参拝するのが恒例となっていた。ところが今年は航空学校訪問予定日にどうしても外せない用事があり、私は欠席させてもらった。◆毎年行ってきた「お伊勢参り」をしないと落ち着かない。体調も芳しくない。私は毎朝、神棚に手を合わせるのだが神棚内の「角祓い」札が「キノシタさん、新しい年になったんですけど・・」と言っているようにも感じるようになってきた。だがウィークデーはすでにいろいろと予定が入っている。一昨日の土曜日(4日)夕方、資料整理と打ち合わせでオフィスに出ていた。翌日は雨との予報。ゴルフの予定もない。「そうだ、お伊勢 行こう」 私は思い切って一人でお伊勢参りをすることにした。◆昨日、雨の伊勢神宮を参ってきた。もちろん日帰り。早朝の新幹線で名古屋まで行き、近鉄特急に乗り換え伊勢市駅へ。予想以上の雨。そして予想以上の参拝客。(「雨だから参拝客も少ないだろう」などと思ったのが間違い。お伊勢参りは皆さん以前から計画していて少々の雨では誰も中止しないのだ)◆外宮~内宮と回り「おかげ横丁」で「へんば餅」を食べて帰ってきた。一人お伊勢参りも悪くなかった。今朝は心なし体調が良い。
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