◎2017年02月08日 ---- ボス ◎
- 「沈黙」
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「キノシタさん、『沈黙』は読みましたか? 」親しい友人Mさんが聞いてきた。 「遠藤周作の? 多分、学生時代に読んだと思うけど・・・。でも今、内容を全く思い出せないってことは読んでないんだろうねえ」 私は人生で最も読書していた学生時代を思い出しながら答えた。内容は覚えていないが学生時代確かに私の本棚にはハードカバーの『沈黙』が並んでいた記憶がある。買ったけど読まなかったのか・・?◆Mさんは続ける。「マーチン・スコセッシの『沈黙』が上映されてるでしょ。映画観に行く前に読んでおこうと思って、昨日文庫本買ったんですよ」 ◆マーチン・スコセッシ監督の、江戸時代の日本を題材にした映画がまもなく上映される、ということはどこかで聞いていた。その映画が遠藤周作の『沈黙』だとは知らなかった。「やっぱりオレ読んでないわ。『沈黙』が江戸時代の話だってことすら知らなかったよ」そう答えながら私も急いで読んでみようと思った。「TSUTAYA」で、平積みされた文庫本『沈黙』を買って、読み始めたのはなんと伊勢神宮へ向かう新幹線の中だった。◆『沈黙』は、島原の乱のあときわめて「キリシタン禁制」厳しい日本に潜入して布教活動を続けようとするポルトガルの司祭の苦悩を描いたもの。日本のすべて神社の最上位に位置する伊勢神宮に参る往復の道中「キリシタンの苦しみ」を読んでいたわけだ。滑稽ではあるが、不徳とも不遜とも思わない。信仰というものの尊大さ、奥深さに対し素直に敬意を表する。それが神道であろうがキリスト教であろうが仏教であろうが、あるいはイスラム教であろうが。◆私は「苦しい時の神頼み」の、宗教的にはつまらぬ人間である。残念ながらつまらぬ人間であるのだが、今、世間を見回すと「IS問題」やトランプ大統領のイスラム教徒差別感など宗教がらみの問題や紛争が絶えない。わが国でもオウム真理教の事件があった。私のような「苦しい時の神頼み」的な中途半端なつまらぬ人間のほうが幸せなんじゃなかろうか、そんなことさえ思いながら今年の「お伊勢参り」は完了した。
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