◎2017年08月21日 ---- ボス ◎
- 忖度
-
子供たちがまだ幼かった頃、我が家は練馬区の下石神井にあった。当時、私はある会社の航空事業部の事業部長代理だった。私の上には事業部長しかいない。事業部のナンバー2だった。連日、残業と接待で深夜帰りが続いていた。そんなある日、久しぶりに残業を早く切り上げ午後9時ころ自宅最寄りの「井荻」駅に着いた。「この時間なら子供たちもまだ起きているだろう」 ・・私は自宅に向かって歩を速めていた。あと1分で自宅、というときに肩から下げた弁当箱のような携帯電話が鳴った。嫌な予感がした。◆「あー、キノシタさん、今どこですか?」 予想通り、その電話は私の上司、事業部長からのものだった。いま考えても不思議なのだが「もう自宅の前です」と答えることができなかった。私は「あっ、高田馬場です」と答えていた。すると上司は嬉しそうに「じゃあ来れますね。『ヴィラ・バローネ』に来てくれませんか」と銀座の高級クラブの名を告げた。「分かりました。10時までには着けると思います」そう答えると私は急ぎ足で、いま来た道を「井荻」駅まで戻った。10時過ぎに銀座のクラブに着くと上司はホステスに囲まれ楽しそうに飲んでいた。「遅いじゃないですか」そう言いながらも私を笑顔で迎えてくれた。◆私にとっては迷惑な誘いではあったが、彼にとってはこれが「キノシタさんをねぎらう一番の方法」だと思ったようだった。今の人なら簡単に「勘弁してくださいよ、もう自宅の前なんです」なんて言いそうな状況、私は「あっ、高田馬場です」ととっさに答えていた。あれは上司に対する忖度(そんたく)だった。あの夜のことは忘れない。決して悪い思い出ではない。サラリーマンの鏡のような自分の判断に今頃感心している。
- コメント (0)