◎2017年09月19日 ---- ボス ◎
- 番匠川、溢れる
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母は台風が近づくと必ずこの話をして父を懐かしがっていた。私の父は大分県庁に勤める土木技術者であった。◆母の新婚当初のことだから今から70年近く前の出来事だ。巨大台風が近づいた。そのとき二人は佐伯市の母の実家に帰っていた。大雨はなかなか止まなかった。番匠川(ばんじょうがわ)は水嵩が増した。番匠川のそばに住む母の一家は不安になる。そこに市役所の職員が避難勧告に訪れた。夜間だったが、近所の方々はみな指示に従い非難をはじめた。ただその時、父は一所懸命に何かを計算していた。そして「この雨で番匠川が溢れることはない」と断言したそうだ。母も、母の両親も、父のその言葉を信用した。「あんたが『大丈夫』っちゅうんなら、わたしゃあんたを信じるよ」っていう感じ。市役所職員の説得を聞かずに非難しなかった。父の予想通り、番匠川は溢れることがなかった。◆市の職員の避難勧告に、県の土木職員が従わないというのが良いことなのかどうか分からない。だがこのエピソードを嬉しそうに語る母はいつも誇らしげであった。「番匠川は枯れることも溢れることもない、とても優秀な河川やってよ」と母は父の言葉を伝えてくれていた。◆毎年、この時期になると台風が九州を襲う。台風が近づく九州の状況、などとテレビに「大分県佐伯市」が映る。私はその都度、父母が避難勧告に従わなかったエピソードと「番匠川は枯れることも溢れることもない、とても優秀な河川やってよ」との言葉を思い出していた。「心配ないよ。大丈夫だ」と思っていた・・・◆ところが先週末、その番匠川が一部で溢れた。びっくりした。死者が出なかったのは不幸中の幸いだが、わが強度に甚大な被害をもたらした。◆昨年、天国の父のもとへ旅立った母。きっと天国で父と二人、心配そうに番匠川の氾濫を眺めたことだろう。◆私は東京から、わが故郷の、早い立ち直りを祈っている。
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