2015年12月の記事一覧

2015年12月28日 ---- ボス

TSUTAYAのレジにて

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当社は本日、仕事納め。午前中、机の回りの整理をして午後からは社内で一杯やることになっている。私は明日の午前の飛行機で福岡に入り、簡単な仕事をいくつかこなした後、年明け3日までの正月休みとなる。◆正月休みに読もうとTSTAYAに『王とサーカス』(米澤穂信)を買いに行った。今年の「このミステリーがすごい」と「週刊文春」双方で、国内ミステリーの部門で1位を取った話題作。ちなみに米澤穂信氏は昨年も『満願』で「このミス」と「文春」双方の国内ミステリー1位を取っている。実は残念ながらこの『満願』は私にはまったく面白くなかった。意地悪な私には「米澤穂信氏はミステリーを書くには詰めが甘い」と感じた。「知識が乏しいし、数学が苦手なのだろう」とも思った。欠点ばかりが目についた。「最近の読者は、こんな欠点にも気付かずにサラッと流して『面白い!』と言っているのか?」私は嘆かわしくなってきた。さて『王とサーカス』はどうだろうか。これもダメなら当分は米澤作品を読むことはない。◆それはさておきTSUTAYAのレジにて。私が本を差し出すと店員が丁寧に「カバーはお掛けしますか?」と尋ねてきた。ヒトに見られて恥ずかしい本でもないし、読み終わったあとブックオフに売りにいくつもりもないので「いえ、結構です」と私は答えた。店員はまた丁寧に「どうもありがとうございます」と言い軽く頭を下げた。レジは二つあって、私の隣のレジで中年の男が本を買っていた。やはり店員が「カバーをお掛けしますか?」と丁寧に尋ねた。男は「はい」と答えた。店員は丁寧にカバーを掛けはじめた。男はカバーのついた本を受け取ると支払いを済ませ出て行った。それが私には気に食わなかった。◆さて、私は何が気に食わなかったのでしょうか?・・・私はその中年男の「はい」が気に食わなかったのである。「『はい』じゃないでしょう!『はい、恐れ入りますが』とか『はい、お手数かけますが』となぜ言えない?」と私は腹を立てていた。でもきっと私以外にとってはこの中年男の「はい」はなんでもないことなんだろう。店員もなんとも思っていないのだろう◆だれもが、ちょっとしたことを「どうでもいいこと」と感じているようだ。だから日本のミステリーにも「どうでもいい」ミスが増える。そこを気にせずサラッと読んで流す、浅い知識の読者が増えている。これでは日本のミステリーは育たない。

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2015年12月22日 ---- ボス

笹子トンネル コンクリート天井版崩落事故

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中央自動車道笹子トンネルで2012年12月、天井板が崩落し9人が死亡した事故で、犠牲者5人の遺族が中日本高速道路などに約9億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が22日、横浜地裁であり、裁判長は過失責任を認め、約4億4000万円の支払いを命じた。中日本高速側は、トンネルの安全性に不備があったとして賠償責任を認める一方、「天井板の落下は想定外」と過失責任を否定。原告側は「事故は予見できた」と主張し、点検に関わる過失の有無が争点だった。(以上、時事通信より)◆私は一人の土木技術者として、この判決は至極当然のものと断言する。いや「天井板の落下は想定外」などとふざけた言い逃れをしている中日本高速道路に対して憤りすら感じる。私は九州大学の土木工学科をビリで卒業したが、その私でも「そんな設計ではいつかは落ちる」と断言できる。原告側の、「事故は予見可能で、必要な点検をしていれば防げた」との主張はもっともなのだが、そもそもなぜあんな設計にしたのか、土木技術者としては不思議でならない。点検するのが難しい高速道のトンネルの天井版、まともな設計者なら重量のあるコンクリートは使わない。少し高くなるかもしれないがスチール製のグレーチングかアルミのデッキを使う。◆少々のコスト削減のために安全を犠牲にしたのなら許すことはできない。私が原告なら「当時の設計責任者、出て来い!」と叫んでいる。◆いま、ヘリポート建設でも全く同様の事態が進んでいることも申し添えておく。30年後、40年後、ヘリコプターの着陸時に壊れるヘリポートが出てくるかもしれない。私がいくら注意をしても、耳をふさぐ設計者が多い。「キノシタさん、事故が起こるとしても30年後か40年後でしょ。そんときは私は、とっくにもうこの世にいませんから」・・言いながらニヤッと笑う不誠実な設計士がいる。

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2015年12月22日 ---- ブログ

ちょっとした気配り

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当社はビルの15階にある。エレベーターは13階まで素通りし、14.15.16階にしか止まらない。「14.15.16階の専用エレベーター」なのである。この専用エレベーターが2基ある。朝の出勤時は1階で乗った者を上の階へ運ぶばかり。なのに、あまり賢くないエレベーターは16階で人が降りても自動的に1階まで下りてはこない。さらにこの賢くないエレベーターは運動神経も悪く、動き出すのに数秒かかり、移動速度も小学生レベル。気の短い私はいつも待たされイライラする。◆午前8時半~9時半ころの出勤ピーク時はこの2基のエレベーターは動きっぱなし。上昇しているときには次の客が1階で「⇑」ボタンを押している。問題はそれ以前の時間。◆7時~8時半の間。この時間にエレベータ前に着くとエレベーターは必ず2基とも「15」とか「16」とかに停まっている。私は二つのエレベーターの「⇑」ボタンを押し、2基のエレベーターを呼ぶ。早く下りてきたほうに乗り込む。当社オフィスのある15階に着くと、私は必ず次の出勤者のためにそのエレベーターを1階に戻すよう「1」のボタンを押して降りる。次に来た者は待たずにエレベーターに乗り込める。◆自分がエレベーターを降りる前に、次の客のために「1」ボタンを押す。たったこれだけの気配りを誰もできない。少なくとも私は、私以外の者がそうやっているところを見たことも聞いたこともない。

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2015年12月21日 ---- ボス

本屋大賞 2016年

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読書量が落ちている。年を取り読書欲が落ちた、雑用が多くなった、通勤電車に乗ることがなくなった、出張の機会が減った、ゴルフをする時間が増えた、などが主な理由。さらに読まなくなった理由をもう一つ。「面白い!」と思う本が少なくなった。◆芥川賞の候補作は大体が私の趣味に合わない。小難しい。直木賞候補作は私の趣味に合うことが多い。中でも今年の直木賞受賞作、『流』(東山彰良)は数年ぶりの傑出した作品であった。面白かった。◆私の気になる文学賞は・・「芥川賞」<「直木賞」<「本屋大賞」・・・  「本屋大賞」が最も面白い。そこで年の終わりに「2016年の本屋大賞」にはどんな本がノミネートされているのか調べてみた。ところがまだノミネート作が発表されていない。◆そこで「それならオレが来年の本屋大賞を予想しよう」と思いついた。◆『君の腎臓を食べたい』(住井よる)に決定! この欄で一度紹介したなんとも悪趣味な題名の本であるが、題名とは真反対、なんとも爽やかな読後感の小説である。「爽やか」という表現は読後すぐの感情とは異なるのだが、読み終わって1か月も経てば「爽やか」な読後感が残る不思議な文体だ。◆私の回りにこの『君の腎臓・・』を食べた、もとい読んだ人が四人いる。その四人がみんな大絶賛。ゴルフ仲間のマッちゃんこと松崎さんも「もう涙ボロボロでしたよ。最高ですね、あの小説。文章も現代的だし・・」と言っていた。◆来年の本屋大賞は『君の腎臓を食べたい』で決まり!・・・と予想した。

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2015年12月17日 ---- ボス

手かせ足かせを嵌められた可哀そうな指導者

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来春の選抜高校野球大会の21世紀枠推薦校になっていた和歌山東高校が、指導者の不祥事を理由に推薦を辞退した。監督が生活指導の際、反抗的な態度を取った部員の頬を平手で2回たたいたことが「指導者の不祥事」なのだという。「はあ?それが不祥事なの?」と声を上げるものがいないのが不思議だ。「生徒が監督に対して反抗的な態度を取ったのだろう」「叩いたのは平手なんだろう」・・それで甲子園出場のチャンスを放棄しなければならないの?◆もちろん限度を超えた体罰は許されるものではない。そういうとすぐに「限度ってどこなの?」などという声が返ってくる。限度に関して誰も上手に説明できない。すると何でもかんでも「弱い者の味方」のわけの分からない弁護士たちが「教師や監督が生徒を叩くなんて、いかなる理由でも許せない」とヒステリックに騒ぎ出す。バカなテレビのコメンテーターが追随する。◆生徒が教師を殴ってもニュースにならないが、監督が反抗的な態度の生徒を平手でたたけば大ニュースになる。なんともおかしな国になってしまった。こんなんでは教師や監督などあほらしくてやってられなくなる。

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2015年12月17日 ---- ボス

娘の誕生日

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長女が産まれたのを機に葛飾区から練馬区の下石神井へと転居した。3年後に長男が産まれるが、彼は幼い頃病弱で入退院を繰り返した。私は仕事が忙しく、家庭のことは家人に任せっぱなしであった。家人は長男を連れ病院通いのため、娘には寂しい思いをさせた。◆娘が5歳のときのこと。その日、私は久々に日曜日を自宅でのんびりと過ごしていた。息子の具合も良かった。家族4人で散歩しよう、ということになった。目的もなくぶらぶらと近所を歩いた。環八沿いに、それまで気が付かなかったフレンチレストランがオープンしていた。昼間も営業しているようだ。私は久々の家族と過ごす休日が嬉しくて、家人に言った。「あのレストランでお茶しようよ。きっとケーキもおいしいよ」 家人も嬉しそうに「いいわね。でも高くないかしら?」と答えた。「なんとかなるよ」私はレストランの入り口の階段を上った。その入り口脇に何か書いてある。「申し訳ありませんが当店では6歳未満のお子様の入店をお断りしています」◆それを読んで「残念!」とは思ったが全く腹は立たなかった。私は素晴らしいアイデアを思い付いたのだ。「6歳になったら入られるんだね。じゃあ6歳のお誕生日に来ようよ」5歳の娘に言った。◆数か月後、娘は6歳の誕生日を迎えた。私と娘は正装して、手を繋いでそのレストランに向かった。息子はまだ入店できないので家人と自宅でお留守番。事前に娘にはレストランでのマナーを教えていた。「大きな声でしゃべってはいけない。大きな音を立ててはいけない。もちろん店内をうろうろしてはいけない・・・・・」 娘は少し緊張していた。それでもとても嬉しそうだった。私が手伝いながら、ナイフとフォークで食事をした。「これ、とっても美味しい!」笑顔で、小さな声で訴えてくる。 隣の席で食事をしていた老夫婦が帰り際に声をかけてきた。「お嬢ちゃん、とってもおりこうね。いくつなの?」 娘は緊張しながらも、小さな声ではっきりと「今日が6歳のお誕生日なの」と答えた。私はとても嬉しかった。◆あれから21年が経った。昨日、娘は27歳の誕生日を迎えた。幾つになっても娘は可愛い。すっかり元気になった息子も入ってささやかなお祝いをした。

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2015年12月16日 ---- ボス

新国立競技場・・・残念!

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総工費が当初予算を超える2520億円にもなるということで、ザハ・ハディド氏設計の新国立競技場の建設計画が白紙撤回となった。それから3か月経った昨日、新たに整備計画見直し案の2案が公開された。A案は隈研吾さん・B案は伊東豊雄さんがデザインを担当したと言われている。いずれも日本を代表する建築家である。A案B案どちらの計画でもハディド案よりは900億円以上削減されるらしい。多くの国民はこれを歓迎するムードのようである。さてA案になるのか、B案に決まるのか。興味はそちらに移っている。◆「えー、ハディドのデザインの方が断然いいよ!」・・私はつい口に出してしまった。なんとかならなかったのだろうか。返す返すも悔しい。◆北京オリンピックが開かれた中国国家体育場、通称「鳥の巣」はスイスの二人の建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンがデザインを担当した。斬新なデザインを覚えている人は多いだろう。アテネ五輪もロンドン五輪もメーンスタジアムのデザインは素晴らしいものだった。◆隈研吾さんのA案も伊東豊雄さんのB案もそれなりに美しいが「鳥の巣」に比べると見劣りは否めない。ましてハディドデザインの当初案とは比べ物にならない、と私は感じた。まだまだ日本人の建築デザインの力は欧米の建築家に遠く及ばないのか、私は嘆いた。せっかく日本人のデザイン力を世界に訴えることのできるチャンスだったのに、今回のA案B案は私の予想をはるかに下回る、ごく常識的な、面白味のないデザインであった。残念。◆「どれにする?新国立競技場のデザイン候補が斬新!」と題するこのサイト http://matome.naver.jp/odai/2135160040734774201 を覗いてみて欲しい。3年前にはこんな素晴らしいデザインが競っていたのに・・。

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2015年12月11日 ---- ボス

越智クンの兄ちゃんが死んだ!

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九州大学土木工学科の同級生、越智繁雄クンとは卒業後もずっと親しく付き合いを続けている。彼は、私が最も尊敬する友人である。九大卒業後、建設省(現国土交通省)に入省、エリート街道を歩み、昨年は関東地方整備局長になっていた。(昨年7月7日の当欄で紹介) そして今度は国土地理院長に栄転した。その越智クンに「キノシタ君、たまにはつくばで飲まん?」と誘われた。先週、国土地理院の見学を兼ね、つくば市の本院(本部ではなく本院という)に越智院長を訪ねた。◆「内閣府」に居た時も「関東地方整備局長」時代もずっとずっと越智クンは忙しかった。「国土地理院長」になったら少しはヒマもできたかと思いきややっぱり越智クンは忙しかった。予定より少し早く着いた私に「キノシタ君、悪いけど・・」と言いながら会議や資料整理をこなしていた。その間、私は国土地理院内の見学をさせてもらった。面白かった。◆越智クンの仕事がやっと終わり、二人でつくば市の居酒屋へ入った。そこで悲しい話を聞かされた。私も親しい、越智クンの兄ちゃんが今年の春、心筋梗塞で亡くなったとの報せだった。◆数年前、やはり越智クンと二人で居酒屋で飲んでいた時に彼が言った。「キノシタ君、最近テレビで貧乏自慢するようなヤツが多いやろ?あれ、オレ嫌いなんよ。・・・オレだって十分苦労しとるよ。アイツらの苦労話なんて興味ないって」そんなことを言った。 そう言えば、学生時代から越智クンは自分が苦労した話を人にすることはなかった。私も当時、自分の(子供時代の)苦労を人に話すことはなかった。それでも回りは気付いていた。「キノシタ君と越智クンはきっとこれまで経済的な苦労をしてきたんだろうな」と気付いていた。でも、それを直接口にするような友人はいなかった。友人たちはみんないいヤツだった。◆越智クンの兄ちゃんは、奥さんと二人で、福岡市の天神で「喜美幸」という小料理屋をやっていた。客が10人も入れば満員になるような小さい店だった。おいしい料理と兄ちゃん夫婦の優しい人柄でいつも店は混んでいた。私は年に一度か二度、福岡出張の折に顔を出していた。兄ちゃん夫婦にとって、弟の活躍がとても嬉しい出来事のようであった。と言って偉くなった弟を自慢するわけでなく「繁雄が偉くなったのもみんな友達やら先生方に良くしていただいたからなんよ」と丁寧に頭を下げていた。兄ちゃんも越智クンとおなじ山口県の進学校、豊浦高校の出身だった。とても優秀な高校生だったことは話せばわかった。その兄ちゃんは大学に進学せず料理屋になる道を選んだ。・・・◆ここからは私が推測した話。過去の苦労話を口にしない越智クンや兄ちゃんから聞いたわけではない。でも、きっと私の推測は当たっている。・・・・豊浦高校に通う兄ちゃんは成績も優秀だった。だが経済的に裕福でない越智クンの家庭で、兄ちゃんと越智クンの二人とも大学へ行かせる余裕はない。きっと兄ちゃんは思ったのだろう。「オレよりも繁雄の方がもっと優秀だ。オレが進学を諦めて繁雄を大学に行かせよう。その方がきっと世の中のためになる。オレは繁雄をバックアップしよう」  越智クンにとっては兄ちゃんの優しい気持ちが嬉しかった。「兄ちゃん、ありがとう。オレ、一所懸命勉強して兄ちゃん孝行するよ」そんな言葉を直接越智クンが兄ちゃんに言ったかどうかは知らないが越智君はいつも頑張って兄ちゃん孝行をしていた。◆兄ちゃんはとにかく曲がったことが嫌いだった。正義感が強かった。カネのため、出世のために人の道を外すバカを見て、いつも貶(けな)していた。越智クンもそんな兄ちゃんと同じで、常に、自分を犠牲にしてでも人のために頑張っていた。学生時代、私は何度も越智クンに助けられた。◆3年前、「九州大学創立百周年記念講演会」が福岡市の西鉄グランドホテルで開催され、越智クンが「防災と社会 土木の役割」と題する講演をした。全国から多くの九大関係者、土木関係者が集まった。その講演会、最前列に兄ちゃん夫妻が座って弟の講演を聞いていた。越智クンの講演のあと、兄ちゃん夫妻の晴れやかな笑顔が忘れられない。兄ちゃん夫妻にとって、越智クンは自慢の弟であった。自慢の弟であるが兄ちゃんは決して店の客などに弟を自慢することはなかった。我々、越智クンをよく知る人間が「喜美幸」に来るのが兄ちゃんにとって最も嬉しい時間であったのだろうと思う。◆わけ合って昨年の暮れ、「喜美幸」は天神の店を閉じた。山口に帰ることになったと聞いていた。私の福岡出張の楽しみが一つ消えていた。それでも兄ちゃんは元気に頑張っているのだと思っていた。・・・・・・あの優しい兄ちゃんが亡くなっていた。兄ちゃんの笑顔が見られなくなった。越智クンのいないところで、兄ちゃんと、越智クンの話題で酒を飲むことができなくなった。寂しい。

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2015年12月07日 ---- ボス

寂しいクリスマス

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「サンタさんって本当におるんやろうか?あれは父ちゃんなんやなかろうか」 少し疑い始めたのは小学校2年生の時だった。「眠ったフリをして、サンタさんが来たらそっと目を開けてみてみよう」そんなことを思いながら布団に入った。隣には5年生の姉が寝ていた。眠ったフリをしていたが、すぐに深い眠りに落ちてしまう。気が付いたら朝だ。枕元にサンタさんからのプレゼントは・・・? ない! サンタさんからのプレゼントがない! 私は寂しくなった。隣室に眠る父母の部屋に行って、悲しそうに言った。「サンタさん、来てくれなかった。プレゼントない。」 私の悲しそうな顔を見て、父母は心配そうに、優しく言った。「えっ?プレゼント置いてなかった?おかしいなあ。でもサンタさんが来ないことはないと思うけどなあ。あっ、サンタさん忙しいからエントツから入って来て、そこに置いて出て行ったんかもしれんよ」 当時、まだ薪で風呂を沸かしていた。私と姉は風呂の焚口に急いだ。あった、焚口のすぐ脇に、姉と私へのプレゼントが置いてあった。◆それが、サンタさんからの最後のプレゼントであった。そのクリスマスから十日も経たない翌年1月3日、悲惨な交通事故に遭い、父は死に、母は入院3か月のあと後遺症に苦しむ生活になる。その事故で、私は生え変わったばかりの前歯を折った◆父が居なくなった我が家は、母の出身地である佐伯市へと転居していた。大きな家の、二階に間借りしていた。一階の主はとても優しく、不幸にあった私たち母子にとてもよくしてくれた。男の子が三人おり、長男は私の同級生であった。私と彼はすぐに仲良しになった。彼は大きな玄関から出、私は彼の家の廊下を通り小さな勝手口から出入りしていた。同級生であるから共通の友人も多かった。二階の我が家へ同級生を上げることはできなかったが、一階の友人宅で同級生たちと遊ぶことは多かった。小学校2年生の3学期に転校してきた私は、3年生になり同級生のリーダーになっていた。成績はトップ、体育も図工も音楽さえ良くできた。正義感も強かった。多くの友人が慕ってくれた。そんな中で「父親のいない、初めてのクリスマス」を迎えた。◆「父ちゃんが居なくなったから、ウチにはサンタさんは来ないよ」母が言った。「サンタなんかいないんよ。あれは父ちゃんやったんよ」姉が言った。私は、そのことを既に十分に理解していた。「父ちゃんが死んだから、うちは貧乏になった。友達の家の二階に間借りしちょる。父ちゃんが死んだから、もうサンタさんは来ない。父ちゃんが死んだから、クリスマスプレゼントはなくなった」すべて、すべて理解していた。誰にも文句を言えなかった。とても利口な小学校3年生であった。誰も悪くない。◆小学校3年生のクリスマス。冬休みに入っていた。サンタにもらったプレゼントを持って多くの友人たちが遊びに来た。一階に住む同級生のところに来て、二階の私を呼ぶ。みんなは当時流行していたGIジョー(ジー・アイ・ジョー)人形を持っていた。「もとみちゃんはサンタさんになにをもらったの?」・・・なんの悪意もない同級生の言葉に私はとても悲しくなった。◆運動が苦手な子供が運動会が近づくと憂鬱になるように、裕福な友人宅の二階に間借りしている貧しい小学生の私にとってそれ以来、毎年クリスマスは一年で最も寂しい日であった。今でもこの季節になると、あの頃を思い出し、涙があふれてくる。小学生の自分に向かって「よく頑張ったね」と褒めてあげる。

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2015年12月04日 ---- ボス

日本美人マップ

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47都道府県、すべてに最低二泊はしたことがある。◆平成四年だったろう、1年間で沖縄を除く九州全県(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島)を八周したことがある。その頃の九州出張はレンタカーで七県回るのを二泊三日でこなしていた。バブルがはじけた後の九州出張は、早朝羽田から大分空港に入り、レンタカーで大分県警航空隊⇒福岡県警航空隊⇒佐賀県警航空隊⇒長崎県警航空隊と回り、夕方、長崎大村空港の近所の居酒屋で一杯飲んで最終便で羽田に帰ってくる、というような強行軍に変わった。関東の神奈川⇒東京⇒埼玉⇒千葉の4警察航空隊を一日で回るなど到底不可能だが、早朝羽田を出て大分⇒福岡⇒佐賀⇒長崎を回り羽田へ戻るのは十分にこなせる出張であった。今から20年以上も前の話。若かった、そして楽しかった。◆三十歳代はとにかく出張ばかりであった。出張先で仕事だけでは面白くない。全国、美味いマップを作ろうと思った。正月になると「今年は蕎麦」とか「今年は寿司」などと決め、出張先では北海道であろうが鹿児島であろうがとにかくそればかりを食べる。12月にはランキングが完成する。蕎麦はやはり長野が断トツであった。二位は岐阜で北海道が三位。寿司は東京が一位、二位は青森、三位が新潟。「今年はラーメン」と決めた年もある。食べた、食べた。個性的なのは「富山ブラック」「尾道ラーメン」「和歌山の井出商店」「徳島ラーメン」「秋田の比内鶏ラーメン」など。ラーメンに関しては個性が強過ぎるので一位、二位が付けられなかった。◆「美味いマップ」と並行して「全国美人マップ」の制作にも取り掛かっていた。無作為に抽出した若い女性30人に占める美人の数でランキング、などと言っていたが、もちろんいい加減なものであった。結果は第一位・長崎県、二位・福岡県・三位兵庫県であった。ついでに言うと駅別の美人マップも作っていた。これは断トツで「恵比寿駅」、続いて「博多駅」、三位が「目黒駅」であった。美人が少ない(ブスが多い)駅マップも作ったがこれはここで発表するのは控えよう。

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2015年12月03日 ---- ボス

チカンを捕まえる(2回目)

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先日(11月18日)のこの欄で、15年ほど前に痴漢を捕まえたことを書いた。その後、私は再度、痴漢を捕まえることになった。◆あの女性として魅力のない、失礼で下品な女に痴漢行為をはたらいた情けない中年男を捕まえてから半年も経っていない頃の話だ。その日も私はいつものように海浜幕張駅から超満員電車に乗り、新木場駅で掃き出されるように電車から降りた。改札に向かう階段を下りはじめたとき「チカンです、チカンです、この人チカンなんです!誰か捕まえて!」と女性のわめき声が聞こえた。声は聞こえるが、どこに居るのかは見えない。新木場駅で電車を乗り換える大勢の人波の中、私は声のする方を気にしながら階段を下りた。当時、階段を下り切ったところにトイレがあった。そのトイレの前で四十過ぎの長いスカートをはいた女性(オバサン)が男のショルダーバッグのヒモを引っ張りながら助けを求めている。「誰か、捕まえてぇー!」 だが出勤を急ぐ人たちは誰も彼女を助けようとはしない。冷たいものだ。私は躊躇した。前回の痴漢を捕まえたときのことを思い出した。あのときは「ありがとう」の一言も言ってもらえなかった。躊躇していたらそのオバサンと目があってしまった。「この人チカンです。捕まえて!」彼女は私にターゲットを定め、頼んできた◆前回の痴漢被害の女性と同様、私から見たら、女性としての魅力の全くないオバサンだった。だが結局、私はそのオバサンの加勢をし痴漢男を捕まえた。男は学生風、キレイな顔立ちをしていた。細身だが、身長も私よりも高く、決してモテないタイプではなかった。当時まだ「イケメン」という言葉はなかったが、私の気持ちは「なんでキミのようなイケメン君が、こんなオバサンに痴漢行為をしちゃうの?オレには到底理解できないんだけど・・・?」というようなものだった。◆私が手伝って観念したのか男は逃げようとするのを止めた。男がおとなしくなると、オバサンがその男に向かってわめき出した。その言葉に私はびっくりした。「あんた、トイレに逃げようとしたでしょ!トイレで手を洗って証拠を消そうとしたんでしょ!」・・間違いなくオバサンはそう言った。最初はなんのことか分からなかった。「手を洗って証拠を消す」・・・どういうこと? 男は手に何も持っていない。そこに洗ったら消える証拠があるという。◆えっ、それってすごいことを言ってるんじゃない?・・私は気付いた。えっ、そんなことをこんな大勢の前で言っていいの?私の疑問は続く。オバサンは足首くらいまでの長いスカートを穿いていた。「えっ?この長いスカートをめくりあげて手に証拠が残るようなことしてたの?」私の疑問はさらに膨らんだ。◆学生風のイケメン痴漢は、とっくりセーターを着ていた。私はその首のあたりを持ち、ヤツを駅員室まで連れて行った。私に捕まれ、諦めたようにおとなしく歩き始めたが、途中でヤツが立ち止まって私の方を向いた。そして強い口調でこう言った。「ここを持たないでください。セーターが伸びるじゃないですか!」私はヤツをぶん殴りたくなったが我慢した。セーターから手を離しヤツのベルトを握って駅員室に向かった。◆駅員室に二人を入れて「痴漢です」と言って私は立ち去った。今回も、結局、オバサンは私に一度も礼を言わなかった。その痴漢ともオバサンともその日以降会うことはなかった。◆そして、それから3か月後、私はまたしても痴漢確保に遭遇することになったのだった。そのことに関してはまた次回。

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2015年12月02日 ---- ボス

マイナンバー制度(その2)

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マイナンバー制度は、個人情報漏えいの危険性が高く、憲法が保障するプライバシー権を侵害するとして、弁護士のグループが、国を相手にマイナンバーの利用停止などを求める訴訟を、全国5地裁で一斉に起こしたという。◆私には彼らの行動が不思議でならない。わざわざ国を相手に訴訟を起こすほど、彼らには守らなければならないどんなプライバシーがあるのだろうか?いや、私は「プライバシーは保護されなくてもいい」と言っているわけではない。プライバシーは極力侵害されてはならない。そのための万全な準備はしてもらわなければならぬ。だが、悪いヤツはどこにでもいる。完璧にプライバシーが保護されるのは難しいのかもしれない。そうならないために今後、罰則の強化などが早急に議論されて欲しい。◆私が分からないのは、国を相手に訴訟を起こすのには相当なパワーがいる。そうまでして守りたいプライバシーとは何なのだろうか、ということ。マイナンバーには裸の写真は載らないし高校時代に付き合っていた異性の名前も載らない。整形前と後の比較顔写真も載らない。性器の大きさもこれまでに寝た異性の数も載らない。あなたが現在、不倫をしているとしてもそれが出ることもない。せいぜい「どの程度の資産家なのか」のデータくらいが人に知られたくない情報だろう。◆会社の帰りにソープランドでアルバイトをしていたとしたら収入源がばれる可能性はある。それが嫌なら年内にソープランドでのバイトを辞めることだ。国を相手に訴訟を起こすよりもよほど健全だと思う。◆30年くらい前だったろうか、新宿の歌舞伎町に防犯カメラが設置されることが決まった。そのとたんにやはり「プライバシーが侵害される」とモーレツに反対しデモを起こした集団がいた。「あなたが奥さんに知られたくないプライバシー」と「犯罪の検挙率を高め、犯罪が起きなくなるメリット」を量りにかけてみましょうよ、と私は言いたかった。◆なにをやるにも「反対、反対」と言って目立ちたがる人たちがいる。

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2015年12月01日 ---- ボス

春画展

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知人にチケットをもらったので、銀座の永井画廊で催されている「春画展」に行ってきた。月曜日の昼飯どき、「こんな時間に春画を見に来るのはオレだけかもな」と思いながらうつむき加減で入った。ところが館内は意外とにぎわっていた。安心した。◆若い女性が春画に顔を近づけ細部を見、熱心に解説文を読んでいた。彼女と目があった。恥ずかしくなった。夫婦と思われる中年カップルが「すごいわね」などと小さな声でお互いの感想を言い合っていた。来場者は若い男性よりも若い女性の方がはるかに多かった。なぜだ?◆多分、この程度の絵ではエロビデオを見慣れた若い男性には刺激が足らないのだろう。想像力に乏しい脳みそには、もっとダイレクトに情報が届くエロサイトの方が刺激になる。一方、中年夫婦や若い女性にはきっとそれなりの刺激があるのだろう。だがそこは「エッチに興味があって・・」などと本音を言う必要はない。「美術の勉強をしていて・・・」とか「北斎に興味があって・・」とか「日本の芸術が・・・」とかいくらでも理由付けができる。若い女性や中年の夫婦は堂々と入って、堂々と堪能できる。(これはあくまで私の個人的な推測であり、実際には皆さんはスケベな気持ちはないのかもしれない)◆私だってこの欄を「知人にチケットをもらったので・・・」と書き始めた。たまたまチケットをもらったので行ったのであって、スケベ心から行ったのではないのですよ、とウソをつく準備から書き始めてしまった。いや、チケットをもらったのは本当のことなのだが、見に行ったのは「チケットをもらったから」ではなく「昔の人々のスケベに興味があったから」。つまりは俗っぽい動機である。それでいいんじゃないの?◆春画展をじっくり堪能し、解説文を読み、思った。江戸の昔から、男も女も、みんなみんな根はスケベなのだ、と。オレだけがスケベじゃないんだ、と安心した。「人間っていいな」とつくづく思った。私は「人間」が大好き。◆今でいうエロ小説の挿絵として描かれた春画が多い。展示物には、江戸時代のエロ小説の現代語訳も記されていた。それらを読んでみて驚いたことがある。どうやら江戸時代はセックスのことを「ぼぼ」と言ったようだ。なに?「ぼぼ」って言うのは九州地方特有の言葉ではなかったのか。まーたまた一つオリコウになっちゃった。◆今日は、いつもの堅い気取ったスカイアゴラではなく、ほんの少しホンネを書いた。

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2018年11月16日 ボスの
スケジュール
  • 午前机回り整理
  • 午後「新ヘリポートの造り方」執筆
  • 夕方協力会社との安全集会
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