‘ボス’ の記事一覧
◎2017年09月12日 ---- ボス ◎
- 正義のかけらもない、「報道の自由」との名を借りた下品な金儲け
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「もちろん浮気はして欲しくないけど、もしするときは絶対私にバレないようにやってくださいね」・・結婚するときに家人にそんなことを言われた。気の小さい私は、浮気をすればバレそうで、(残念ながら?)そういうことはなかった。私が浮気をしなかったのは決して正義からではなく、単に「チャンスがなかった」からであり「もてなかった」からであり「意気地なしだった」からだ。どれか一つでも欠けていたら私でも浮気の一度や二度、或いは三度くらいはあったかもしれない。私だけじゃない、男だけでもない、恐らくみんなそんなもんなんだろうと思っている。◆ところで私はとても友人が多い。そして私は口が堅い。私は口が堅いということをみんな知っているので、友人たちは何でも私に話してくれる。私の統計によると最近の人は結婚後3年も経つと、男も女も50%以上は浮気経験者になる。そして、そのほとんどは配偶者にはバレずに済んでいる。私に言わせれば、この平和な国ニッポンでは、ほとんどの男女が浮気を楽しんでいる。そして彼らはそのことを誰にも気づかれていないと思っている。もっと言うと「私って悪いオンナ」「オレって悪いダンナ」という気持ちを楽しんでいるのかもしれない。◆「浮気」や「不倫」はもはや半数以上の者が経験する時代になっているのにも関わらず、誰も「私も浮気しました」と言わないから、表向きは「珍しいこと」「悪いこと」とされている。「文春」の記者だろうが「新潮」の幹部だろうが、みんなやっているくせに・・・。石田純一じゃないが、すでにこの国では「不倫は文化」になっている。珍しいことでもなんでもない。配偶者にさえバレなければ誰も傷つけない。キリスト教徒だろうが仏教徒だろうが、みんなやっている◆「文春」の記者だろうが「新潮」の幹部だろうがみんなやっていることを「有名芸能人」や「政治家」がやると、例によって「とんでもないことをやっている!」と大きな事件に仕立てる。(誰にもばれていないから)自分のことは棚にあげて「汚らわしい」とか「不誠実」だとか「モラルに欠ける」だとか言いながら非難する。誰にも迷惑をかけていない二人の秘めたる罪を公(おおやけ)にさらし、悪いと思ってもいなかったことなのに「大変なことをやってしまいました。申し訳ない」と頭をさげさせる。◆そう、あなたたちが騒がなければただの「二人だけの秘めたる罪」だったのだ。一線を越えていようがいまいが関係ない。純粋なプライバシーの問題。「公人だから」などとの言い訳で、平気で人のプライバシーを暴く下賤な雑誌記者とそれに食いつくテレビ。そこには正義のかけらもない。「報道の自由」だとか「知る権利」などの言葉だけが幅を利かせている。ふざけるな!下品なマスコミが金儲けのためにやっているだけじゃないか! ◆「自分もチャンスがあればやりたい」とみんな思っているがなかなかチャンスがなくできない。自分ができないことをやっている政治家や芸能人に嫉妬し、「とんでもない!」「下品だ!」「モラルに欠ける」などと非難する。そんなことはそろそろやめませんか?
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◎2017年09月07日 ---- ボス ◎
- 几帳面
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私の机の周りには非常に乱雑に書類や名刺などが散らかっている。そのために恐らく当社職員の多くは私のことを「だらしない人」と思っているかもしれない。でもそうじゃないんですよ。「僕は本来はとても几帳面な性格なのですよ」と伝えたい。◆30年くらい前の話。当時大好きだった女優、浅野ゆう子さんがテレビでタモリさんと対談していた。お酒の話題になったときに浅野さんが「バーのカウンターで飲んでるときグラスの水滴がカウンターにつきますよね。あの水滴をおしぼりできれいに拭く人がいるんですよ」・・テレビを観ながら私は「あっ、オレのことだ」と思った。タモリさんが聞く「ええ、いますね、几帳面なひと」と、浅野さんが続けた「私、ああいう几帳面な人って大っ嫌いなんです。いいじゃない水滴くらい、そんなの気にしなくて・・・」 私が浅野ゆう子にフラれた瞬間だった。◆バーのカウンターで飲むとき、いつもあの浅野ゆう子さんの話を思い出す。「そうか、女性はあまり几帳面なオトコは好きじゃないのかもしれないな」・・そんなことを思いながら毎回、それでもグラスの水滴をおしぼりで拭いている。◆「几帳面は女性にもてない」との確信が私の机の周りを乱雑にさせているわけでは決してないのだが・・・。
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◎2017年09月01日 ---- ボス ◎
- さじを投げる
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人を嫌うことがなくなった。◆子供の頃から友達が多く、分け隔てなく誰とでも仲良くしていた。それでも若いころはたまに嫌いなヤツもいた。反りの合わない相手との口論もあった。「オレはあいつが嫌いだ」と思うこともあったし、そのことを平気で口にしていた。だが歳のせいか立場がそうさせたのか、気が付くと、まず人のことを「嫌い」と思うことがなくなっていた。「苦手」はあっても「嫌い」はなくなった。少なくとも自分と出会った人たちはみんないい人であって欲しい、いい人であるはずだ、と思うようになった。と同時に「ここを直せばもっと良くなるのに・・」と欠点も見えてくる。「根は悪くないのだから、ここを注意すれば・・・」と思う。「あなたはいい人なんだから・・」と注意したくなる。◆「言葉遣いに注意しなさい」「もっと外見に気を使いなさい」「周りの人に配慮しなさい」「大きな声で挨拶しなさい」「自分勝手な行動は慎みなさい」・・・いろいろと注意をする。何度注意しても聞かない者もいる。反発してくる者もいる。◆何度注意しても直らない者もいる。私はさじを投げる。「この人は根は悪く無いんだけどな。残念だな」と思いながらもさじを投げる。私は教育者ではなく経営者であるから、と言い訳しながらさじを投げる。
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◎2017年08月25日 ---- ボス ◎
- 墓も個人情報の管理下に
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大陽工業株式会社の創業者であり社主であった酒井邦恭さんから私は経営者としての心構えを学んだ。酒井さんはいろんなことに興味を持ち、いろんなことにチャレンジされた。一人の人間としてはとても優しい方だったが経営者としては冷徹な面もあった。「みんなで頑張るんだ。頑張らないヤツ、ずるいヤツを見つけて、それを追い出すのもお前さんの仕事だよ、なあキノシタ」などと笑顔で教えてくれた。美しいものが好きで、オシャレで、芸術を愛し、なによりも人が好きだった。8年前に亡くなられた。酒井さんが亡くなられた頃、私は超多忙な毎日であった。誰も酒井さんの死を教えてくれなかった。私が酒井さんの逝去を知ったのは葬式から数日たってからだった。◆「偲ぶ会」には参列したがお墓に参ったことはこれまでなかった。今日が酒井さんの命日であった。午前中、少し時間が空いたので私は泉岳寺に眠る酒井さんに会いに行くことにした。行っても墓が見つけられなくては困る。事前に泉岳寺に電話した。「今日、そちらに眠ってられる酒井邦恭さんの命日なのですが、そちらに行けばお墓の場所は分かるのでしょうか?」と尋ねた。期待した返事ではなかった。「まことに申し訳ないのですが、個人情報なのでこちらではお教えすることはできないのです。10年位前まででしたらご案内できたのですが最近は厳しく管理されています」・・丁重に、申し訳なさそうに答えてくれた。◆私は酒井さんの墓を参ったことのあるかつての同僚に電話をしてそのことを話した。彼は「行ってみたらなんとかなるよ」と言い、酒井さんの墓地の場所の概略を教えてくれた。「左の方へ坂を上っていった先の、大きな桜の樹の下だよ。探したら見つかると思うよ」と言った。私はコンビニで線香とローソクとマッチの入った「墓参りセット」を買って泉岳寺に向かった。泉岳寺には赤穂浪士の「四十七士」も眠っている。案内図を見ると赤穂浪士の墓と、檀家の墓は分かれている。私は檀家の墓のエリアへと向かった。ところが檀家の墓の敷地には開閉式の門がありその門は施錠されている。前もって墓参を通知した親族しか立ち入りが許されていないようだ。私はあきらめて、「墓参りセット」を持ったまま会社に戻った。◆墓すら勝手に参ることができなくなった。せちがらい。泉岳寺から出て歩きながら、小さな声で歌っていた。「♫ わたしのーお墓のまーえで 泣かないでください。そこに わたしは いません。ねむってなんか いません・・・・」 そうだ、ここには酒井さんはいないんだ、そう思うことにした。 ◆オフィスの机につき、私は 酒井さんの教えをいろいろと思い出した。
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◎2017年08月24日 ---- ボス ◎
- コミュニケーション
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昼食で会社近所の食堂に入る。旨いものが食べられたらそれだけで幸せだ。私は会計をしながら「美味しかったよ、また来ますね」と言う。店員は「ありがとうございます。是非またお越しください」と返してくれる。双方とも笑顔になる。◆文房具店でノートとファイルを買う。「すみませんが領収書をください」とお願いし、領収書を受け取るときに「どうもお手数をおかけしました」と伝える。店員は「どういたしまして」と明るく答える。双方ともに笑顔になる。◆書店で本を買うときに「カバーはお掛けしますか?」と聞かれる。基本的に私は「いいえ、結構ですよ」と答えるがたまに「すみません、お願いします」と言う。そしてその時は本を渡されるときに「どうもお手数をお掛けしました」と頭を下げる。双方ともに笑顔になる◆たった一言を口にし相手に伝えるだけで人間関係は円滑になり笑顔が増える。英語ができなくても、難しい漢字が読めなくても、気配りさえできればコミュニケーションは高めることができる。それなのに、それは分かっているくせに、それができない大人が多い。◆朝の挨拶すらできない社会人がまだたまにいる。相手に聞こえるように「おはようございます」の一言が言えない未熟大人がまだまだ多い。
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◎2017年08月23日 ---- ボス ◎
- 川嶋さんの教え
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私の恩人、川嶋信義さん(元前田建設工業副社長=故人)に関するエピソードをもう一つ◆昭和60年ころの話だからもう30年以上も前のことだ。その頃、私は水道橋の工事作業所で現場監督をしていた。川嶋さんはいくつかの作業所の統括所長。41歳か42歳だった。その若さで複数現場の統括所長だから異例の出世であった。◆その日は工事が一区切りついた後の、のんびりとしたムードの土曜日だった。当時は多くの会社は土曜日は昼までの勤務(通称「半ドン」)であったが工事現場は夕方6時までの勤務体制だった。午後1時ころだったろうか、川嶋大所長様が現場に来られた。大所長ではあるが、偉ぶることもなく誰にでも気さくに声をかけてくれる優しい方だったからこちらも緊張はしない。「キノシタ、お前、いま何してる?」と聞いてきた。続いて「ちょっと話がある。付き合え」と言って速足で歩き出す。私は川嶋さんのあとを追いかけた。お互いに作業服である。10分近く歩いたろうか「どこに行くのかなあ?」と思っていると川嶋さんは黄色いビルに入っていった。後楽園の「場外馬券売り場」だ。会社の勤務時間中に会社のマークの作業服を着て、大所長がペエペエの部下を連れて「馬券売り場」へ。しかも「馬券売り場」は前田建設本社からは目と鼻の先。誰が見ているか分からない。それでも川嶋さんは動じることはない。◆なんの話をしたのかは覚えていない。どうってことない話をしながら競馬を楽しんでいた。最初のレースで川嶋さんは2万円分の馬券を買った。びっくりした。メインレースでもないのに2万円も! 当たった。2万円が8万5千円になった。「おっ、キノシタは幸運の男神様だな」と言って五千円札を私に差し出した。「取っておけ、小遣い」と言ってくれた。「えっ、いいんですか?」と答えて私はその五千円を受け取った。川嶋さんは次のレースも勝ち8万円が20万円以上になった。また五千円くれた。「ありがとうございます」私はまた素直に受け取った。そしてメインレース。川嶋さんはその20万円以上のカネをすべて馬券に変えた。「これが当たれば300万円だなあ」などと言っていた。見事に外れた。結局、川嶋さんは1円も儲けずに馬券売り場を後にした。私は申し訳なく「あのー、いただいたおカネ、半分返します」と言った。「全額返します」と言ったかもしれない。よく覚えていない。川嶋さんは笑いながら「へえ、オマエ、そんな遠慮も知ってるんだな」と言った。「オレは博打を楽しめたし、キノシタは一万円儲けた。今日はいい一日だったよ」と言いながら決して私からの返金は受け取らなかった。◆「かっこいい!」と思った。「将来、オレもこんな大人になりたいな」と思った。
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◎2017年08月22日 ---- ボス ◎
- 人の良い面を見る
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私に社会人としての基礎を教えてくれ、私の仕事に対する姿勢に最も影響を与えてくれたのが川嶋信義さん(元前田建設工業副社長)だ。彼と出会っていなかったら今の私はない。最も尊敬する方だ。残念ながら4年前に亡くなった。なにも恩返しできなかったことが辛い。◆その川嶋さん、まず人のことを誉めることがなかった。私と飲んでいてAさんの話題になる。どんな人なのかと私が問うと「Aっていうのは本当にいい加減なヤツでな・・」と始まる。「Bはダメだな、あいつは〇〇にゴマすって昇級したけど・・」とか「Cは調子がいいだけだ」などと人の悪いことしか言わない。おそらく私も「キノシタっていう、とっぽいヤツがいるんだけど・・・」などと言って人に紹介されていたのだろう。とにかく人のことを誉めることがなかった。ところが私がAさんに会うとそのAさんは「私はなぜか川嶋さんに目をかけていただいて・・・」 Bさんと話すと「私は川嶋さんに引っ張られて所長になったので・・・」 Cさんは「あの川嶋さんが『ちょっと教えてくれよ』って言ってわざわざ私のところに・・」 などと言う。 誰一人、川嶋さんのことを嫌っていない。いや嫌うところか皆、川嶋さんの大ファンなのだ。◆川嶋さんはいつも誰のことも誉めなかったし貶(けな)すことばかりだったが、そこには間違いなく愛情があった。「あいつはダメだ、こいつもダメだ」と言いながらも彼らを見放したり見限ったりすることはなかった。Aさんも、Bさんも、Cさんも、そして私(キノシタ)も、みんなダメ人間であり欠点も多いが、川嶋さんはみんなを貶しながらも応援してくれていた。◆私も「若いころからオマエは尖っていたな」「とっぽいヤツがいるな、と思ってたよ」そんなことを言われながらずっと応援してもらっていた。「オレは人を誉めて育てるってのが苦手でな・・・。もっとも誉められるような優秀な部下はいなかったなあ・・」・・川嶋さんの毒舌が聞こえてくるようだ。◆「口で誉める必要はないよ。だけどなキノシタ、人の良い面を探すことは忘れちゃダメだぞ。どんなヤツでもいい面や可愛いところがあるもんだ」・・・そういうことを教えてくれた。今でもときどき無性に川嶋さんに会いたくなる。
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◎2017年08月21日 ---- ボス ◎
- 忖度
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子供たちがまだ幼かった頃、我が家は練馬区の下石神井にあった。当時、私はある会社の航空事業部の事業部長代理だった。私の上には事業部長しかいない。事業部のナンバー2だった。連日、残業と接待で深夜帰りが続いていた。そんなある日、久しぶりに残業を早く切り上げ午後9時ころ自宅最寄りの「井荻」駅に着いた。「この時間なら子供たちもまだ起きているだろう」 ・・私は自宅に向かって歩を速めていた。あと1分で自宅、というときに肩から下げた弁当箱のような携帯電話が鳴った。嫌な予感がした。◆「あー、キノシタさん、今どこですか?」 予想通り、その電話は私の上司、事業部長からのものだった。いま考えても不思議なのだが「もう自宅の前です」と答えることができなかった。私は「あっ、高田馬場です」と答えていた。すると上司は嬉しそうに「じゃあ来れますね。『ヴィラ・バローネ』に来てくれませんか」と銀座の高級クラブの名を告げた。「分かりました。10時までには着けると思います」そう答えると私は急ぎ足で、いま来た道を「井荻」駅まで戻った。10時過ぎに銀座のクラブに着くと上司はホステスに囲まれ楽しそうに飲んでいた。「遅いじゃないですか」そう言いながらも私を笑顔で迎えてくれた。◆私にとっては迷惑な誘いではあったが、彼にとってはこれが「キノシタさんをねぎらう一番の方法」だと思ったようだった。今の人なら簡単に「勘弁してくださいよ、もう自宅の前なんです」なんて言いそうな状況、私は「あっ、高田馬場です」ととっさに答えていた。あれは上司に対する忖度(そんたく)だった。あの夜のことは忘れない。決して悪い思い出ではない。サラリーマンの鏡のような自分の判断に今頃感心している。
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◎2017年08月18日 ---- ボス ◎
- 罪と罰
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大阪国際女子マラソン優勝などの実績がある原裕美子さんがコンビニで化粧品など3000円弱相当の品を万引きした疑いで逮捕された。大阪国際マラソン優勝は2007年のことで、世間のほとんどの方は原裕美子さんの名前すら忘れていた。この日、たまたま大きなニュースがなかったからなのか、テレビでは顔写真や過去のインタビュー風景などを交え、この万引き事件を大きく報道した。もちろん万引きは立派な犯罪である。それは否定しないが、私はこの報道による社会的な制裁は、罪に対してはあまりにも重い罰のように感じられる。◆3000円程度の品の万引きはわが国では毎年15万件程度も起こっている。そのうち10万件程度が検挙される。年間10万人もが万引き犯として捕まっているのだ。もちろん捕まった者たちはそれなりの罰を受ける。私は現在社会に於いて犯罪の「罪」と「罰」のバランスは「罰」が軽すぎると思っている。「罰」を重くすることによって犯罪の発生件数は減ると信じている。例えば数年前に酒気帯び運転の罰を重くしたら途端に酒気帯び運転は減った。「罰」はもっと重たくて良い。だが・・・◆だが同じ「罪」に対して、人によって「罰」の重さが異なってはならない。万引きをして、警察に連れていかれ拘置所で一泊し、「ごめんなさい」と言って釈放される奴らが圧倒的に多い。彼らは大した反省をせず、また万引きを繰り返すかもしれない。無名なヤツらには「罰」が小さいのだ。今回の原裕美子さん、それほど有名人ではない。社会的責任のある有名人や高額所得者ではない。もはや世間からも忘れ去られた過去のマラソンランナーがその実績だけでこのような大きな社会的制裁を受けることに対して私は大きな違和感を感じ不満を抱いている。可愛そうな感じ。「罪」は反省しなければならないが、なんとか立派に立ち直ってもらいたい。マラソンのときは応援しなかったが今、応援する。「がんばれー! 原 ! ガンバレー 原裕美子 !」
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◎2017年08月17日 ---- ボス ◎
- 赤ボールペン
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貧乏性である。なかなかモノを捨てられない。ポロシャツだろうが靴下だろうが「まだ着られるな」と思うと処分できない。そのくせ新しいものも買ってしまう。だからタンスの引き出しの中はいつもパンパン、ギュウギュウだ。「断捨離」という言葉は知っているのだが・・・、整理下手だ。◆オフィスの机の中も同じ。ボールペンが何本も入っている。ビッグサイトなどの展示会に行くとボールペンを配っている。それらを捨てられない。机の中にボールペンが増える。悪循環 ◆昨日、書類に赤ボールペンで線を引いていた。徐々にかすれてきてやがて書けなくなった。インク切れだ。私は景気よく使い終わったボールペンを捨てた。デスクの引き出しをあけ別の赤ボールペンを探した。私の机には何本もボールペンが入っている。ところが・・・。ない。赤色ボールペンがないのだ。10本以上あるボールペンはすべて黒か青。ダメだ。◆どういう事態でも、そこから何かを学ぼうと思っている私は思った。 「そうだ、イベント会場で配るのは黒ボールペンでなくて赤ボールペンにした方が効果が大きい。目立つし確実に利用してもらえる」・・・ どうだろうか?
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◎2017年08月16日 ---- ボス ◎
- 寒の地獄温泉
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「おやっさん、久しぶりにあの冷たい温泉に行きたいな」 社会人2年生の長男が言った。盆帰りで「温泉県おおいた」へ戻るなら、ついでにちょっと寄り道しようよ、ということだ。彼は社会人になってからも自宅住まいのため私と毎日顔は合わせるのだがお互い忙しくゆっくりのんびり話をすることがなかった。いいチャンスだ。「おっ、いいな。じゃ男二人で温泉巡りでもしようか」 私はすぐに温泉巡り計画を立てた。「明礬(みょうばん)温泉」⇒「寒の地獄温泉」⇒「長湯温泉」というルート。◆まずは明礬温泉の「別府温泉保養ランド」へ。室内の泥湯に浸かって一度シャワーで泥を落として露天のコロイド湯へ。「混浴と言っても女性専用コーナーができちゃったからな、オンナの人はこっちに入って来なくなったなあ。父さんが学生の頃はな、オンナの人も一緒に入ってたよ。若いオネーサンも小さいタオル一枚で入ってきてたよ。ドキドキしてた。」私の思い出話を息子は「いいなあ、オレもその頃来てみたかったなあ」と返す。◆小一時間、明礬温泉を楽しんだあと、本日のメーンイベント、もっとも刺激的な「寒の地獄温泉」へ。ここは真夏でも13℃の冷たい源泉に入る。私と息子はちょうど5年前初めてここを訪れ大変感動した。冷たくて最初は足首まででも30秒も浸かれない。徐々にカラダを慣らしてやっと肩まで浸かって、せいぜい10秒。二人で冷泉(霊泉)から飛び出て隣のボイラー室へ。カラダを温めて再度霊泉に挑戦。これを繰り返す。最後は肩まで沈んで30分間我慢できた。壁に大書された文を読む。「はだをさすこの霊泉が 病をなをす 希望は忍耐を生じ 忍耐は困難をのりこえる がんばれ 今ひとときがんばれ」・・頑張った。その後ボイラー室でいくらカラダを温めても一旦芯まで冷えたカラダはなかなか戻らない。「長湯」に向かうクルマ、この真夏にヒーターを付けて走った。◆「長湯温泉」は「ラムネ温泉」として有名なように非常に多くの炭酸を含んでいるため浸かるとカラダ中に気泡が付く。冷泉で冷えたカラダを癒やすには最高。◆途中、息子といいろんな話をした。社会人として確実に成長している。悪くない盆休み、盆帰りだった。
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◎2017年08月10日 ---- ボス ◎
- 病院別の生存率発表のリスク
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がんと診断された人を、治療によってどの程度救えるかを示す「5年生存率」について、全国188の病院別データが初めて公表された。「この公表にはリスクが存在する」ということをここで指摘しておきたい。◆どの病院も生存率を高くしたい。あたりまえだ。だが「生存率を高くする」最も簡単な方法は「末期患者を受け入れない」ことなのだ。がんでも早期発見者のみを対象とすれば生存率は高くなる。同じ症状でも体力のある若い方のみ受け入れて高齢者を受け入れなければ生存率は高くなる。医療の向上よりも受け入れ患者の選択によって簡単に生存率は調整できるのだ◆随分以前、特許事務所別の特許取得率が発表されていた。「出願申請」した中で何パーセントが「特許として権利化されたか」を表すもの。このような数字を出せばどの特許事務所も高い点数が欲しくなる。そのために何が起こったか。それまでは「これは特許権取得は難しいかもしれませんがチャレンジしてみましょう」ということがなくなった。「これなら確実に特許取得できそうだ」というものしか受け付けない事務所が出てくる。「難しいことにチャレンジする事務所」よりも「確実なものしか受けない事務所」の方が高得点になりそれが宣伝効果につながり客が増えるということになった。◆医者の中だけ、或いは特許事務所の中だけでデータを公にするのなら専門的な分析ができてサービスの向上につながるのかもしれない。だがそのようなデータを広く全国民に公表すると必ず誤解や不正が生じてしまう。なんでもデータは公表すればよい、というものではない。
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◎2017年08月09日 ---- ボス ◎
- 世界陸上を眺めながら
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20年間以上、睡眠障害で悩んでいる。まともな睡眠ができないのだから長生きは無理なのだろうと諦めている。◆夜、12時にベッドに入るとすぐに眠りにつく。2時間後、不快感で目が覚める。ぐっしょりと寝汗をかき鼻が詰まっている。シャツを着替えてもすぐには眠れない。ベッドを抜け出しリビングへ移動。ソファに寝てテレビを眺めながら次の睡魔を待つ。じきに眠たくなる。テレビを消し眠りに就く。次に目が覚めるのが午前4時。この間ずっと夢を見ている。またまた寝汗でぐっしょりのシャツを着替える。そんな生活が続いている。◆最近は午前4時にテレビをつけると世界陸上をやっている。うつらうつらしながら眺めている。◆「世界陸上」を観ながら面白いことに気付いた。どうだろう?◆私が中学生、高校生或いは大学生の頃、陸上短距離をやっている女性はその後姿(うしろすがた)を見ればおよそ簡単に見分けることができた(と記憶している)。彼女らは決まってふくらはぎが太く、歩くとふくらはぎにチカラコブが浮き上がっていた。それを嫌がる風潮はなかった。私も、女性の太いふくらはぎは決して嫌いではなかったし、もちろん「醜い」などとは思わなかった。しかし・・・◆「世界陸上」を見ていると世界中の陸上選手の足がみな実に美しい。バーニー人形のような足の女性ばかり。かつての、ふくらはぎのチカラコブを持った女性は皆無である。不思議だ。◆私の記憶違い、思い違いなのだろうか? 或いは陸上競技のトレーニング方法が変化した結果なのだろうか? ◆「たしかに昔の陸上競技をやっている女子はふくらはぎが太かったのになあ・・・」などとボーッと思いながら今朝もソファに横になり眠たい眼でテレビを眺めていた。
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◎2017年08月08日 ---- ボス ◎
- 貧しかった頃
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小学校2年生の時にタクシーの起こした事故で父を亡くした。我が家は急に貧しくなった。それまでは大分市の金池小学校に通っていたが一時母の実家へ転居し、私は佐伯市の佐伯小学校へと転校することになる。昭和41年のことだ。我が国はまだまだ貧しかったが後期高度成長期に突入したこの年から、我が家を除く周りの者たちは、徐々に生活にゆとりが出るようになってきた。取り残されたように我が家だけ貧しい生活が続いた。私たちは友人の自宅の二階に間借りして暮らしていた。◆クラスで私だけ、学年で私だけ、買ってもらえないものがいくつかあった。「これを買ってもらえないのはクラスの中で自分だけ」ということが恥ずかしかった。だが欲しいものを「欲しい」と口に出さずに我慢した。◆小学校5年生の頃だったろうか、友人たちはそれまでの子供用の自転車から大人用のものへと買い替えてもらっていた。当時はドロップハンドルと呼ばれるスポーツタイプの自転車が流行っていた。誰かが買い替えると皆で眺めて批評していた。「いいなあ、オレもこんなん欲しいなあ。でもこれ高いけんなぁ、無理やろうなぁ」などと羨ましがっていた者が翌週、もっとかっこいい自転車に乗って現れ、他の者たちから羨ましがられる。そんなことが続いた。徐々に私は自転車の会話をする輪から離れていくようになった。しばらくすると周りの友人たちはみんなドロップハンドルの自転車になった。クラスで一番カラダが大きい私だけが子供用の自転車に乗っていた。そのうち私は自転車に乗らなくなった。一人小さな自転車に乗るくらいなら走ったほうが(精神的に)楽だった。◆ある夜、マンガ本の裏表紙にドロップハンドルのかっこいい自転車の宣伝を見つけた。布団に入ってマンガを読み終えたのち私はその自転車の写真をずっと眺めていた。「こんなんが欲しいなぁ」私はその自転車に乗って仲間たちと遊びに行く自分の姿を想像していた。欲しくて欲しくてたまらないが母には「ドロップハンドルの自転車が欲しい」とは言えなかった。あの悲しい夜のことは忘れない。私は涙を流して眠っていたようだ。◆翌日だったろう、母が「あんたの自転車、もう小さかろう。大人用を買ってやるわあ」と言い出した。「えっ、本当?」私は嬉しくて聞き返した。ところが・・・◆母が買ってくれた自転車は今で言うママチャリの原型のような不格好なものだった。「これなら私も借りられるからなあ」と母は言う。私は落胆した。友人たちが前傾姿勢でドロップハンドルを握って走る中、私一人、背筋を地面と垂直にまっすぐに伸ばしオジサンみたいに走っていた。「僕が欲しかったのはこんなんじゃないよ」・・言いたかったが言えなかった。◆50年が経った。社内人になり多くの人たちと接した。子供の頃、私よりも貧しい生活をしていた方も意外と多い。あの貧しさが自分をたくましく育ててくれたのかもしれない。「若いころの苦労は買ってでもしろ」という言葉は確かだ、と思う。だが・・だが、本当に貧乏が苦しかった。マンガの裏表紙のドロップハンドルを涙して眺めていた夜のことを時々思い出す。◆そう、50年が経った。愛車BMW640iを買い替えることにし、手続きを始めた朝、電車の中であの買ってもらえなかったドロップハンドル自転車のことを思い出していた。涙が出てきた。気付くと一駅乗り過ごしていた。
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◎2017年08月01日 ---- ボス ◎
- 冗舌なコミュニケーション下手
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よくしゃべるヤツはそれだけで「自分はコミュニケーション能力が高い」と勘違いしていることが多い。もちろんそんなことはない。◆宴会のとき幹事や主賓が挨拶しているのにそれを聞かずに小さな声でペチャクチャしゃべっているヤツがいる。そんなヤツで仕事ができる者はいない。周りの状況を把握できないおしゃべりは多い。仕事のできないおしゃべりが多い。◆私は仕事の関係者と毎日のように夕食やお酒を伴にしている。割烹や料亭で料理を楽しみながら相手との共通の話題を探り距離を縮めようと考えている。みずから裃(かみしも)を脱ぎ、硬い仕事の話は避ける。食事やお酒の席で仕事の話を長々とするのはヤボだ。高級割烹や料亭では食事を楽しみたい。一緒に食事を楽しんで仲良くなりたい。◆割烹や料亭、あるいは寿司屋などでは一品出されるたびにその料理の説明がある。二人の会話をしばし止めて料理の説明を聞く。一口食べて旨い時には「うーん、旨いなあ」と口に出す。料理の話題になれば自然とリラックスしてくるしお互いに心を開いてくる。旨い料理やおいしいお酒は仕事の潤滑油としての枠割が大きい。◆ところが仕事のできないヤツに限って料理に全く興味を示さず、説明も聞こうとしない。「旨い」も言わずに、自分はどれだけ仕事熱心なのかを語り続ける。周りが見えない技術者や、人から意見されることが少ない役人出身者などにこのタイプが多い。技術者だろうが役人だろうが偉くなった人はそのマナーを知っている。マナーを知っていたから偉くなったのかもしれない。若い方で、まだ偉くはない人でも、割烹に連れて行ってそつなく楽しく舌鼓を打っている人は必ず立派な仕事をする。◆何事もまわりの状況が見えず、目先の、自分の考えのみを熱心に説いているヤツで賢い人を見たことがない。◆自己主張はほどほどに、周りに気を使いながら、それでいて常に楽しく、食事やお酒を味わえる人が優れた大人であるということは断言できる。
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◎2017年07月29日 ---- ボス ◎
- 平尾昌晃
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21日に平尾昌晃さんが亡くなった。さすがに「日劇ウェスタンカーニバル」の頃は知らないが平尾さんが作詞作曲し自らが歌った「みよちゃん」はよく知っている。その後、私が小学生のころからは作曲家として活躍され「霧の摩周湖」「私の城下町」「瀬戸の花嫁」「よこはまたそがれ」「あなただけでいい」「カナダからの手紙」など多くの歌謡曲を手掛けられた。◆私は今でもこれらの曲の歌詞も覚えている。今でも時々口ずさむ。当時の歌謡曲は小学生から70歳の爺さんまで誰でも知っていた。誰でも口ずさんでいた。◆ずいぶん時間が経った。来年には平成も終わるという。昭和は遠くなった。誰もが口ずさめる曲などなくなった。自分で車を運転するとき大抵私はCDを聴きながら走るが同乗する娘はイヤフォンをしてアイポッドで音楽を聴いている。共通する音楽がないことは寂しい。
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◎2017年07月27日 ---- ボス ◎
- 「できない理由」を探すヤツ
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コンビニで小学校低学年と思われる女の子が弁当を買っていた。レジに立つアルバイトの学生が少女に尋ねた。「お箸は何膳ご要りようですか?」・・このマニュアル通りの質問に少女は「えっ?」と聞き返す。本屋で小学生の男の子が童話を買っている。レジに立つアルバイト風の店員がその子に尋ねた。「カバーはお掛けしますか」・・このマニュアル通りの質問に男の子は「えっ?」と聞き返す。こんな光景をよく見かける。マニュアル通りにしか対応できない、応用の利かない、自分のアタマで考えることのできないヤツが多い。これまでの私の経験からは、このアタマの悪い、マニュアルとおりにしか行動しないアルバイト店員は結構高学歴なことが多い。学校のお勉強はよくできる。テストの成績は良い。ただし応用が利かない。◆小学生の子には「お箸いくつ要る?」と聞けばいいだろうし、黙って弁当の数だけ入れて「お箸は5人分入れとくね」でもいいだろう。本屋でも黙ってカバーをかけて渡せばいい。・・もし私がそういう注意をしたら「なにを言いますキノシタさん、そんなことできないんですよ。アルバイト始めるときに厳しく『マニュアル通りの言葉を使え!』って注意されるんですよ。知らないでしょキノシタさん」と反論が返ってくる。◆どちらが正しいか、なぜそうなのか、などは考えもせず、最初に「いいですか、これを守ってくださいね」と言われたことにだけ忠実に従う。そういう若者が増えていることは確かだろう。学校の成績の良い彼らは「教科書に書いてあること」がすべてであるし「マニュアル」がすべてである。◆彼らに対し「そうじゃないよ」と正しいことを教えようとしても、まじめで学校の成績が良い彼らは「いいえ、そうじゃありません」と一生懸命に今度は「できない理由」を探し出す。その段階で彼らのアタマは「どちらが正しいか」ではなく「私は正しい!」との理由を探し始める。プライドの高い彼らは「そうじゃないよ」と言われることが許せないのだ。悪いほうへ悪いほうへと考えが流れていく。そうなると「正義」や「真実」は関係なくなる。公務員にはこういう人が多い。
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◎2017年07月21日 ---- ボス ◎
- 少しかわいいそうな稲田大臣
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稲田防衛大臣がマスコミから集中砲火を浴びている。一般人が「とんでもないこと!」と怒ったことをマスコミが報道する場合と、逆に野党やマスコミが「とんでもないこと!」と繰り返し言い、それによって一般人も「とんでもないことなんだ」と思うようになる場合がある。稲田問題は後者だろう。◆役人や政治家の多くは「正義」よりも「自分の保身」を優先する。森友学園への8億円値引き問題や加計学園問題にしても多くの役人や政治家が「私は知らない」「そんな記憶はない」「文書はない」などと平気で嘘をついていることを我々は知っている。◆もしあなたが防衛大臣で、制服を着た幹部から「大臣、『戦闘』との記述がある日報はありました。しかし実際にはあれは戦闘というほどのものではありませんでした。小さな暴動です。『戦闘』と記載した者のミスです。『日報があった』と言えばややこしくなります。『自衛隊は即刻帰国せよ』となります。『戦闘と記載はしたが実際には戦闘ではなかった』などとの説明は通じません。無かったことにしますよ」と言われたらあなたは「ダメです。あったのなら『あった』と国民に向けて言います。海外から批判を受けてもしようがない。隊員を即刻帰国させなさい」と言えますか? 私が防衛大臣であったら「分かった。隠すなら徹底して隠し切れ」と命じるかもしれないし、稲田大臣のように聞こえないふりをするかもしれない。◆稲田大臣をかばいたい、という気持ちが強いわけではないが、今回の一件、少し世間の(特にマスコミの)風当りが厳しすぎるように私は感じている。
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◎2017年07月19日 ---- ボス ◎
- 上西小百合の発言
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衆院議員の上西小百合氏が、ツイッター投稿を巡りサッカー・浦和レッズのサポーターなどの反発を招いて大炎上し、議員事務所に殺害予告ともとれるファックスなどが届いている。上西氏はツイッターでの主張を撤回・謝罪する意思はないそうだ。◆この事件を伝えるマスコミの姿勢がおかしい。今朝のテレビ朝日の番組ではレポーターが「主張を撤回する気はありませんか?」と上西議員に尋ね、上西氏が「ありません」と答えると、脇にいた上西氏の議員秘書が「警察が絡む騒動になっているのだから謝ったほうがいいよ」と上西氏にアドバイスするシーンまでも放映された。上西氏がレポーターに対し「もう一度質問をしてください」とお願いし、撮り直し。レポーターは「主張を撤回する気はありませんか?」と聞き上西氏が「警察が絡む騒動になり申し訳ない」と答えた。◆私はかねてから、この教養のない、品のない、大西小百合という女性が我が国の国会議員であることを情けなく思っていた。大嫌いな女性だ。だが、今回の一件で彼女を叩くのはどう考えてもおかしい。◆彼女は、15日の「浦和-ドルトムント戦」に関して、ツイッターに「浦和酷い負けかた。親善試合は遊びなのかな」と投稿した。これに対して浦和のファンが怒ったのがスタート。ファンとしては「一生懸命に闘った浦和の選手たちに失礼だ!」ということなのだろうが、すべての事象には多くの側面があり、多くの見方がある。「よく頑張った!」と誉める人もいれば「酷い負け方!」と貶す声があっても当然。◆彼女の個人的な感想に対し「失礼だ!謝れ!」と騒ぐほうがおかしい。これでは「言論の自由」がなくなる。マスコミはまずは「言論の自由」を保証することが大切。今朝のテレ朝の報道姿勢はとてもおかしかった。キャスターは上西議員をたしなめるコメントをした。逆に、殺害予告をした卑劣な者を非難するコメントはなかった。キャスターが浦和サポーターにすり寄って、日ごろから敵の多い嫌われ者の上西議員を一緒にいじめているように、私には感じられた。
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◎2017年07月19日 ---- ボス ◎
- 聖路加国際病院
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聖路加国際病院の名誉院長の日野原重明さんが亡くなった。105歳だった。講演やマスコミなどでも活躍される一方、100歳を超えてもなお現役の医師として診察も続けられていた。明るい前向きな生き方を自ら示されることにより、多くの方々に勇気を与えてこられた。ありがとうございました。◆日野原先生の訃報を伝えるニュースで初めて知ったことが二つ。一つは日野原先生はあの1970年のよど号ハイジャック事件に巻き込まれた被害者の一人だったということ。人質として三日間、機内に拘束されていた。機内では医師として他の人質の方々の体調に気を配られていたようだ。知らなかった。◆そしてもう一つが「聖路加記念病院」。ラジオでアナウンサーが「聖路加国際病院の名誉院長の日野原重明さんが・・」と読み上げるのだが「聖路加」が「せいろか」とはっきり発音しない。私には「せいるか」と聞こえた。他の局でも、テレビでも「せいるか」と聞こえる。確認してみた。「聖路加」は「せいろか」ではなく「せいるか」であった。私が「聖路加病院」の存在を知ったのは高校三年生の時。それから40年間以上、ずっと「せいろか」とばかり思ってきた。「聖路加」は、聖書の「ルカによる福音書」でおなじみの「聖ルカ」のことであった。◆おそらく私のようの間違って「せいろか」と思っている方のほうが多いだろう。このコラムを書いている私のパソコンも「せいろか」と打って変換すると「聖路加」が最初に出るが「せいるか」では「聖ルカ」と最初に出る。◆「聖路加国際病院」は「せいるかこくさいびょういん」であって「せいろか」ではありません。◆日野原先生、ありがとうございました。お疲れさまでした。
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◎2017年07月18日 ---- ボス ◎
- 人と交わらない
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「お客さん、着きましたよ。東京駅ですよ」・・遠くから声が聞こえる。気付くと新幹線の中、隣に清掃員のオジサンが立っていた・・・・ ◆夜、ぐっすり眠ることができない。病院で脳波の検査をしたら「あなたは夜中じゅう、眠っていません」と言われた。本人は眠っているつもりなのだが医学的には眠っていない状態らしい。ノンレム睡眠に入ることなくレム睡眠と覚醒を繰り返している。レム睡眠は医学的には「眠り」としては認められていないそうだ。そういうことで夜、眠っていないのだから昼間はずっと眠たい。スキがあると居眠りしている。出張での移動、新幹線や飛行機の席ではぐっすり眠ることが多い。◆先日、仙台までの日帰り出張の帰りの新幹線グリーン車、大宮あたりまでは仕事の資料を読み返していた。眠たくなった。資料をバッグに戻し、リクライニングシートを少し倒したところまでは覚えている。気付くと東京駅で清掃員の方に起こされていた。恥ずかしい。申し訳ない。私は慌てて荷物をつかみ、清掃員の方たちに「すみません、すみません」と繰り返しながら逃げるように降りた。◆そのとき私は比較的乗降デッキに近い4列目のシートに掛けていた。同じ車両の客の多くは、東京駅に着いたのに私がぐっすりと眠ったままなのに気付いたであろう。笑っていたのかもしれない。私は不思議に、そして寂しく思う。なぜ誰も声をかけてくれなかった?なぜ誰も肩を叩いてくれなかった?私が彼らだったら眠っている方を必ず起こす。◆ちょっと肩を叩いてくれれば起きるのに。そんな小さな優しい行動を誰もしなくなったことが恐ろしいし。◆少しでも人と関わりたくない、という気持ちが小さな親切不実行に繋がっているようだ。寂しい。
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◎2017年07月14日 ---- ボス ◎
- 20年前
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高校生の3年間は大分県佐伯市で母と二人暮らしであった。母は老人ホームの保母として働いていたので週に二日は夜勤があった。母が夜勤の夜、私は夜の街の散歩を楽しんだ。誰に管理されることもない私は少しずつ自堕落な生活へと落ちていった。16.17歳くらいで大人になった気分であった。今考えると、よくグレルことなく、真っ当な生徒生活を送ったものだ。成績は急降下したがそれでもよく九州大学に合格したものだ。感心する。◆大人になった気分ではあったが、そこはやはりまだ高校生。母が自宅にいるときには一緒にテレビを観ることも多かった。母が楽しみに観る番組が「懐かしのメロディー」。藤山一郎や岡晴夫、春日八郎、江利チエミなどの歌謡曲を母は嬉しそうに彼らと一緒に口ずさんでいた。「このころの歌は詞がいいなあ。最近のは何て言いよるんか分らんなあ」などと言っていた。母にとっては懐かしい名曲でも私にとっては産まれる前の曲。歌詞をイメージしても浮かんでくる情景はすべてセピア色のものであった。自分が生まれる以前のことは大昔のことであり、カラーでは想像できないことであった。◆あれから40年以上が経った。一昨年、母は死んだ。今年、私は還暦を迎えた。いつの間にか、「20年前」なんて「ついこの間」みたいなものになった。悪かった高校生時代に、昔の流行歌を聞いてセピア色にしか想像できなかった自分が可愛い。懐かしい。◆今年の盆に、高校の還暦同窓会が佐伯市で開かれる。毎週のように誰かから連絡がある。「モトミ、もちろん帰って来るんやろうな? 楽しみに待っちょるで」と。
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◎2017年07月13日 ---- ボス ◎
- 「カネを払う方が偉い」と思っているバカ
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私の母は呉服屋の娘であった。その母は自分のことは棚にあげて「商売人」や「商売人の子供」を嫌っていた。「あの人は商売人の子やろ?なんか好かんなあ」などと口にすることがあった。「職業差別」というほどのものではない。母に言わせれば「商売人はカネを持っている人にはペコペコするくせに、自分がモノを買う側になるととたんに偉そうになるやろ。相手によって、それもどっちがカネを払う側かで態度をコロコロ変える、わたしゃ、あれが好かんのよ」ということだ。もちろん商売人の家族がみんなそうであるわけではないことは知っているのだが、母にとって「商売人」は好きになれない人たちであったようだ。◆私は、母の「商売人嫌い」は引き継がなかったが、母の嫌った根拠は十分に理解し引き継いだ。「カネを払う方が偉い」と思っているようなヤツ、「カネを多く持っている人が偉い」と思うようなヤツが大嫌いだ。◆今朝、テレビの番組で不愉快な光景を見た。回転寿司屋でシャリを残してネタ(刺身)のみを食べる若者が多い、ということを報じていた。その行為に関して街の若者の意見を求めると「カネ払っているんだから別にいいんじゃないですか?」と答える者が意外と多い。◆「カネを払う方が偉い」と思っているバカがますます増えているようだ。情けない。悲しい。
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◎2017年07月10日 ---- ボス ◎
- 世界遺産って?
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福岡県の『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群について、日本が推薦する8つの構成遺産すべてが世界遺産に登録されることが明らかになった。◆学生時代6年間、福岡で過ごした者としては、福岡県民が喜ぶことは一緒に喜びたい。だが・・・。もう一つしっくりこない。「ヤッター!」と素直に喜べない。宗像に住む友人には申し訳ないのだが・・・。私は6年間福岡に住んでいて「大宰府神社はすごい」とは思っていたが、宗像や沖ノ島に関しては観光地としての知識はなかった。◆いったい世界遺産って幾つまで登録するの? 最初は「国立公園」よりもさらに上、選りすぐりの場所だと思っていた。富士山や姫路城、日光東照宮、厳島神社あたりは素直に喜べた。しかし(当地の方々には申し訳ないが)石見銀山や富岡製糸場あたりからおかしくなった。地元が申請すれば、一所懸命に頑張れば、「それどこ?」って言うものまで登録されるのか。◆国民栄誉賞もそうだが、受賞する者が増えれば増えた分だけ賞の持つ価値は下がる。「日本の名山100選」などという本があるが、そのほうがよほどありがたい。国民栄誉賞も世界遺産も、栄誉をもらえるものの「数」を限定した方がよい。一つに賞を出したなら、それまでに出したどこか一つを取り消すというのはどうだろうか?◆ミシュランの方がまだ厳しく選んでいるように思う。・・・そんなことを考える意地の悪いヤツは私だけなのだろうか?
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◎2017年07月10日 ---- ボス ◎
- 美人でも努力家はいる。
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先日、この欄で 「美人なのに大変な努力をしているという人を私は一人も知らない。そんな人はいないのだろうか?」と書いたところ複数の方から「そんなことないでしょ!」とご注意いただいた。「努力って人それぞれですよ。キノシタさんから見たら努力してないように見えても彼女としては一所懸命なのかもしれませんよね」という意見もあった。◆素直に反省してみる。美人で努力家を探してみた。そう言われれば確かにいる。私に言わせれば「まだまだっ!」っていうのが多いけどね・・。などと思っていたら一人すごい努力家を芸能界に思い出した。◆ブロードウェイミュージカル「シカゴ」で主演ロキシーを演じる米倉涼子さん。私は5年前、赤坂のACTシアターでこの「シカゴ」の日本公演を観た。アメリカ人でも演じるのは難しいこの主人公を米倉さんは見事に演じきった。感動した。米倉さんほどの大女優であればこのような挑戦をしなくても十分な名声も収入もあろうが敢えてこの無謀と思われるようなことへ挑戦をした。あの舞台までには私も想像できないほどの努力があったことだろう。◆そうだなあ、美人で努力家は確かに幾人かいるなあ。◆美人であるがゆえに甘えているように見える女性が多いことに気づいたから書いたのだが・・・。◆でも結局 「美人だろうが、そうでなかろうが、男だろうが、あまりにも努力をしないヤツが多すぎる!」 と私は思っている。
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◎2017年07月06日 ---- ボス ◎
- サラダ記念日
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文学に興味のない若い人はほとんど知らないだろう。逆に50歳以上でほんの少しでも知的な方は懐かしく思い出すだろう。本日は「サラダ記念日」だ。◆「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日。・・・・この歌が納められた俵万智さんの歌集『サラダ記念日』が発刊されたのが1987年だから今日は30回目のサラダ記念日と言ってもいいのかも知れない。俵さんの、現代的で都会的さらに煽情的な短歌は当時は若い人だけでなく多くのロマンチストの心を掴んだ。◆煽情的といえば『サラダ記念日』が発刊された10年後に出た俵さんの第三歌集『チョコレート革命』はさらに激しくなる。「焼肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」という歌に私は惹かれた。当時、我が家の長女は幼稚園生だったろうか。もちろん家人には内緒だが、こんな激しい恐ろしい関係に憧れるところもあった。◆『サラダ記念日』から30年、『チョコレート革命』から20年、還暦を迎えた私の人生は穏やかに暮れていこうとしている。
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◎2017年07月05日 ---- ボス ◎
- 美人は努力嫌い?
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自分で言うのは恥ずかしいが私は努力の人である。才能に恵まれないところを努力で補おうと頑張ってきた。だから才能に恵まれている人を見ると羨ましいしと感じるし、才能に恵まれているのに努力をしないために実を結ばない人を見ると悲しくなり不愉快になる。◆最近はオフィシャルな場での発言は聞かれなくなったが少し前までは「フィリピンや台湾などの温暖な地域では、その辺に果物が多く成るために人々は働かなくても食べていける。だから誰も努力をしないし国も発展しないんだ」などと言われていた。正解かどうかは分からないが「努力しなくてもなんとかなるなら努力しない」というのが多くの人の共通意識であるように思われる。◆「果物が成る温暖な地域」に似ているのが「美人」。美人は何もしなくてもバカな男が寄ってきてご馳走してくれる。欲しいものを買ってくれる。多くの男が言い寄ってくるからその中で最も自分が楽になるのを選べばよい。おそらくそういうことが原因で美人は努力をしないのだろう。他のことを努力するよりは外見をキレイに見せることだけ頑張る。もったいない。◆才能ある美人が、美人であることが原因で努力をしない。せっかくの才能を開花させずに終わっていく。私のこの長い人生で、そういう「残念な美人」を多く見てきた。逆に「美人なのに大変な努力をしている」という人を私は一人も知らない。そんな人はいないのだろうか?◆・・・・・・これを読んで「あっ、これ私のことだ!」と思ったアナタ、違いますよ。アナタはそんな美人じゃないでしょ?ちゃんと努力しているでしょ?
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◎2017年07月03日 ---- ボス ◎
- 礼を言わぬ者たち
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ゴルフ場のクラブハウスでの出来事。ラウンドを終え、風呂に入り、私は一足先にフロントで会計を済ませ仲間を待っていた。私の横でアラーム音が鳴りだした。見ると貴重品ロッカーの前で若者が困った顔をしている。暗証番号の打ち込み操作を間違えたようだ。フロント係の女性がすぐにその若者のとこへ行き丁寧に事情を聞いている。「すみません、大変失礼ですが中に入っているものは何でしょうか?」「お名前が確認できるものは何か入っていますか?」「お客様のお名前を伺ってもよいでしょうか?」 その女性は、操作を誤った若者からいくつかのことを確認するとテンキーの操作を始めた。すぐにロッカーは開いた。中の品物を確認し「これで間違いありませんね?」といい「大変、お手数をおかけしました」と頭を下げた。その間、若者は聞かれたことに答えるだけ。品物を受け取ると黙ってその場を去った。その様子を見ていた私はアタマにきた。◆「『申し訳ありません』を言うべきはキミのほうだろうが!それなのにキミはアタマ一つ下げるわけでもなく『ありがとう』すら言えないのか!」・・・還暦を迎えたオヤジは心の中で激しく憤ったが実際に若者に向かって注意することはできなかった。◆本屋で「カバーをおかけしますか?」と聞かれてほとんどの人が「はい」とだけ答える。なぜそこに「恐れ入ります」も「お手数かけます」も「ありがとう」もないのか? ◆「オカネを払っている側が偉い」と勘違いしているバカばかりだ。
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◎2017年06月27日 ---- ボス ◎
- 天才少年と愚鈍なマスコミ
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将棋の藤井聡太四段がデビュー戦以来の無傷で、29連勝という歴代最多記録を更新した。まだ14歳の中学生である。将棋界に新たな歴史が刻まれた。◆上手い、強い、まさに天才。対局時には将棋界の第一人者の風格すら漂っている。しかし対局後の報道陣への受け答えは謙虚。実に賢い。好感が持てる。将棋界のみならず、将棋の駒の動かし方すら知らないおばちゃんや子供たちまでもがこの天才の登場に胸躍らせている。◆「モリ(森友)だカケ(加計)だと、蕎麦じゃあるまいし、安倍さんの取り巻き連中いい加減にせんかい!」と不愉快そうな顔を続けていたオヤジたちもこの天才登場の明るいニュースの時だけは穏やかな表情になる。◆情けないのが「藤井四段勝利、連勝記録を更新」を報じるテレビ各局。「勝ちました。すごいですね」としか伝えきらない。どの手がどうすごかったのか、普通だったらどう指すのか、などは一切触れない。将棋のルールも知らない視聴者も多いので敢えて解説は控えているのかもしれないが、もっと工夫できないのか。私が不思議に、そして不快に感じているのがテレビ各局が「藤井四段が注文した昼飯」を報じること。対戦中の「昼飯」「夕飯」、彼がなにを食おうがどうでもいいこと。興味もない。それが出前風景やその店までを訪問して藤井四段が食べたものを解説している。バカな1局だけじゃない。おそらくすべてのテレビ局が「総太の昼飯」を報じている。馬鹿じゃないの?我が国のテレビ報道の程度の低さを嘆く。◆今朝、一面トップで「藤井四段29連勝 新記録達成」を報じる新聞、社会面の下欄で小さく将棋界の偉大な先輩の死が伝えられていた。元日本将棋連盟専務理事で初代棋王であった大内延介九段が23日、死去した。75歳だった。新橋駅前のSL広場で、大内九段は名人戦の大盤解説をしてくれていた。スマートでおしゃれ。話もうまく、楽しく解説してくれた。将棋の普及に大きく貢献された。◆大内九段に合掌。藤井四段に期待。どうでもいい「総太の昼飯」を報じるテレビには諦め。中途半端な報道の新聞には怒り。
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◎2017年06月26日 ---- ボス ◎
- 還暦祝い
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先週金曜日(23日)、わが社の社員の皆様が盛大に私の還暦祝いを催してくれた。感激!◆当社設立以来、本社を3度移転した。その都度少しずつ大きくなった。田舎者の私は東京タワーに憧れていたので移転するときは「私のデスクから東京タワーが見えること」を条件に加えていた。今のオフィス、私の部屋からは間近に東京タワーの足元までが見える。「私は東京タワーを見ながら頑張ってきた」などと酒の席でしゃべったことがある。それをわが社の社員の方々は覚えていてくれた。「社長の還暦祝いは東京タワーの見えるこの場所がいいと思いまして・・。この景色も今夜、我々からのプレゼントの一つです」と説明を受けた。上を見上げた。ガラス張りの天井の上にそれはそれは素晴らしい、でっかい東京タワーが聳えていた。長く東京で生活しているが、東京にこんな素敵なパーティー会場があることを知らなかった。◆最高の会場で、さらに嬉しい祝辞が続いた。だが私はそれ以上に、社員同士が仲良く食事とお酒を楽しんでくれている様子が嬉しかった。素敵な社員に恵まれた。頑張ってきてよかった、と思った。・・・・・・
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◎2017年06月26日 ---- ボス ◎
- メニューの少ない店
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私が会員である君津の某ゴルフ場、コースレイアウトもメンテナンスも最高。キャディもフロントもみんなとても感じがいい。我ながら良いゴルフ場を選んだと満足している。だがそのゴルフ場にも一つ欠点が・・。メシが不味いのである。いや「不味い」と言ってはいささか可哀そうな気もするが、少なくとも「ゴルフ場での食事も楽しんでください」といった心配りは感じられない。少ないメニューから、食べる気がしないものを消去法で消し残ったものを選ぶしかない。会員みんながそう言っているがなかなか改善されない。多くの会員はすでに諦めている。「いくら言ってもムダだよ」と言っている。◆6月23日、東京都議選が告示された。私はゴルフ場のメニューを思い出した。どれも魅力ない。ダメなものを選んで、残ったものに投票するしかないのか。「残念な選挙」が続いている。
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◎2017年06月23日 ---- ボス ◎
- 還暦祝い
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先々週60歳になった。さすが還暦、予期せぬいろんな方からお祝いのメッセージが届いた。サプライズパーティーもやってもらった。素直に嬉しい。◆2か月ほど前だったろうか、総務部から「社長の還暦祝いパーティーを開きたいのですがよろしいですか?」との問い合わせがあった。みんなが私に気を使ってくれている。「北朝鮮の金正恩みたいでイヤだな」とちょっと思った。誰かが「金正恩将軍様のお祝いをやろう」と言い出したら誰も「そんなのしなくていいんじゃない?」とは言えないものなあ・・・そんなことを思っていた。だがせっかく企画してくれていることを「結構です」というのも失礼かと思った。それ以上に社内の者たちがみんなで何かを企画し一緒に酒を飲むイベントは社内の風通しを良くすることにつながるだろうとの期待もあった。◆「どんなパーティーがいいですか?」との問い合わせに「酒池肉林とまでは言わないが少なくともバニースタイルの・・・」とセクハラ気味の注文を出すと睨まれた。さて、どんなパーティーになるのやら。その、私の還暦祝いパーティーが今夕、開催される。こんな楽しみなお誕生日会は生まれて初めてである。◆社員の皆様、ありがとう。こそこそと頑張ってくれてありがとう。私のお祝いも嬉しいが、みんなが楽しんでくれればもっと嬉しい。
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◎2017年06月22日 ---- ボス ◎
- ドタキャンの罪
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中学校、高校、大学などの同窓会の幹事をやっている。学校関係だけでなく、プライベートな仲良しグループの集まりでも幹事をお願いされることが多い。「オレって暇人に見えるのかなあ。こう見えても結構忙しいんよ」などと言うと「違うよ。頼りになるんだよ。キノシタ君が声を掛けてくれるとみんな集まるんよ」などと煽てられる。「豚もおだてりゃ木に登る」じゃないが、そうやって随分と幹事をこなしてきた。幹事をやると、参加者との距離が一段と近くなる。友人が増える。情報も増える。幹事は大変だが、多くの得るものもある。仕事にも生きる。◆学生時代から同窓会の幹事などを引き受けていた者は仕事の要領がいい。仕事のできない者は幹事をやらせても下手。◆事前に参加人数の予想を立て、皆が満足してくれそうな店を探す。予算も立てねばならない。参加者の小遣いを予想して、小遣いが少ない者にとっても大きな負担と感じないような店にする。帰りの電車の都合まで考える。「今回は〇〇さんが参加だね、〇〇さんは新幹線通勤だから今回は八重洲にしましょ」などと考えるわけだ。参加者みんなと調整し、店とも折衝する。大変だ。しばらくやらないと「キノシタくん、今度はいつなの?楽しみにしてるんだけど・・?」などと催促のメールが来たりもする。◆幹事が最も困るのがドタキャン。「ごめんなさい。急な出張が入りまして参加できなくなりました。皆様へよろしく伝えておいてください」などとのメールが届く。腹が立つ。腹が立つが怒ることもできない。男は「仕事」を理由にキャンセルし、女は「子供」を理由にキャンセルする。そして社員は社内の飲み会を「お客様」を理由にキャンセルする。「仕事」「子供」「お客様」はドタキャン時の免罪符となっている。幹事はその都度落ち込む。「もう幹事など引き受けない!」そう思う。◆「仕事」「子供」「お客様」が理由ならばドタキャンすることに罪はないと思っている者があまりにも多い。幹事が可哀そう。◆ドタキャンした人は「参加費の2倍を払う」とか「次回の幹事を引き受ける」などの罰が一般的な風習にならないかなあ、などと思う。少なくとも「ごめんなさい。急な出張が入りまして・・・」とのメールや電話だけでキャンセルというのは非常識である、との認識はみんなに持ってもらいたい。
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◎2017年06月21日 ---- ボス ◎
- 無責任なヤツが出世する
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ラジオで面白い話をしていた。米国と日本のシンクタンクが「どういう性格の者が企業や役所において出世するのか」を十年以上にわたって調査したそうだ。得られた結果は「出世する人の7割は『無責任』な性格の人」ということだった。もちろん私はそれを聞いて意外に思った。「米国の話ならともかく、わが国では『無責任』なヤツは出世できないよ」とつぶやいた。◆ラジオの解説は以下のようだ。「責任感のある人はスタート時の出世は早いんです。若くして課長や部長になります。それに嫉妬するヤツらが彼を落とそうとするんです。・・・若くして課長や部長になった責任感の強いまじめな人は、『心配するな、責任はオレが取る。思い切ってやってみろ!』などと部下に言い尻をたたく。デキの悪い部下が失敗すると本当に『私の責任です』と言い、結果、第一線から外れることになる。彼の出世を妬んでいた連中はその様を見て喜んでいる。一方、無責任なヤツは目立ったチャレンジはしない。上司にゴマ擦って、忖度ばかりしている。チャレンジしないので失敗は少ない。スタート時は遅いが確実に出世していく。部下が失敗したらその失敗を部下の責任にして『アイツがこんな失敗をやらかしまして・・・。私から注意はしてたんですけどね。申し訳ありません。』などと言い、決して自分では責任を取らない。部下や他人の責任にして自分は被害者のフリをする、そんな無責任なズルいヤツばかりが出世する国、それが日本とアメリカのようだ。◆国会を見ても、役所を見ても、大会社を見ても、言われてみると確かにそんな気がするなあ。さて、わが社はどうだ?
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◎2017年06月20日 ---- ボス ◎
- 忖度は悪か?
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「キノシタさん、安倍総理に対して随分怒ってるみたいですね」とある人に言われた。「はっ?」と聞き返すと「ブログ読んでるんですよ」とのことであった。このエアロスカイアゴラを毎日読んでくれているらしい。恥ずかしいようで少し嬉しい。だが・・・。◆今回の加計学園問題、或いはその前の森友学園問題で私は安倍総理に対し怒ってはいない。(いや、正直言うと、少し怒っている。情けないと思っているのだが) そこにカネや狡さが介在せず、正義感に基づいていることが条件ではあるが、私は「総理のご意向」はあってしかるべきだろうと思うし、それを「忖度」する役人も必要だと思う。だから恐らく今回の一連の学園事件、安倍総理には後ろめたいものは何もないのだろう。私はそこを疑わない。◆私が怒っているのは前川前文科省事務次官の「罪のない行動」を新聞を使って表に出し、彼を「変人」あるいは「信用できない人」と決めつけた今回の行動だ。あまりつつかれたくないことなら「人格攻撃」や「印象操作」をしてまで、権力側が個人を攻撃する。とても許すことはできない。◆私は安倍総理に対し怒ってはいない。少し残念だったのは「すべて表に出してください。私はなにも疚しいことはないのですから」と言わなかったことくらいだ。◆繰り返すが私は「総理のご意向」や「忖度」はあってしかるべき、と思っている。正義感に基づいていればそれはなにも悪いことではない。
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◎2017年06月19日 ---- ボス ◎
- 日本人として、正義の人としての 矜持を持たない 政治家と役人ばかりの国
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加計学園問題に関係する登場人物。安倍総理・菅官房長官・萩生田官房副長官、加計学園の加計孝太郎理事長、前川喜平前事務次官、松野博一文科大臣、義家副大臣、文科省職員等々。さらに今回はそれを報じる新聞各社やテレビ各局も登場人物の一人だ。◆「あったものを 『ない』 とは言えない」と、リスクを負いながらも事実を公表した前川前事務次官の勇気と正義感には一国民として拍手を送る。もちろん私は前川氏ほど賢くないし努力家でもないが、正義感に関しては似たようなものを持っていると思っている。それから好奇心が強いところと少しエッチなところも似ていると思う。(失礼。前川氏はエッチではないかもしれない) 私も「お見合いパブ」なるところに興味があるし誰かに誘われたら行ってみたくもある。そして私もオカネで女性を買うような行為はしない。官邸と読売新聞と産経新聞は「お見合いパブ」に行った前川氏を、そのことで信用できない人と断じようとした。「教育に関する役所にいる者がお見合いパブなる場所に行ったという。そんな男の言うことは信用できない」などとみっともない攻撃を仕掛けた。読売新聞さん、産経新聞さん、あなたたちは日本人として、正義の人として、ジャーナリストとしての矜持をもっていないのか?まったく情けない。同じ理論で、読売・産経を利用して「あることが分かっているもの」を「ないもの」としようとした政治家の方々。情けない。◆これまで私はたいていの場合自民党を支持してきたが今回ばかりは許せない。自宅では産経新聞もやめた。もちろん都議選で自民党への投票もやめる。(自民党の政治家には素晴らしい方が多いことはよく知っている。彼らには申し訳ないが今回の御用新聞を利用した報道だけは許せない)◆今回の報道、読売と産経は明らかに失格だがテレビ各社はどこも偏ることなく冷静に報道していた。救われた。◆では役人はどうか?勇気ある、そして正義感の強い、現役の文科省職員が実名で「あります」と言ったことからやっと事実が表に出た。まともな国民は彼らに拍手を送る。ところが彼らのことを「バカだ」と言い張る方にこの週末あった。◆国土交通省に席を置くその人は私と話していてその文科省の話題になったとき「奴らバカなんですよ」と言った。「えっ?どうして?」と驚いて聞き返した私に彼は続けた。「あのねキノシタさん、あんなことはメモ残しちゃいけないの。口頭で厳しく言って『分かったな!すぐやれよ!メモは残すな!』で終わりですよ。国交省ではそうですよ、文科省はバカですよ」と彼はニコニコしながら言った。◆どうかしてますな、この国の政治家と役人と新聞は。
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◎2017年06月13日 ---- ボス ◎
- 還暦祝いのメール
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LINE、Facebook、携帯電話メッセージ、メール、そして封書やハガキ。昨今、急に連絡手段が豊富になった。◆この日曜日に60歳になった。嬉しいことにいろんなルートで祝福のメッセージが届いた。月曜日の朝、スマホを起動させるとLINEに15通もメッセージが届いていた。中学、高校、大学の同級生。仕事を通して仲良くなった方々。ゴルフ仲間やキャディさんまで。銀座のママに六本木のオネーサン。ジャズミュージシャンなどなど。みな心のこもったメッセージ。本来なら一人一人に、即座にお礼のメッセージを返さなければならないのだが、ここのところスケジュールに追われ、余裕がない。許してください。◆やはり「60」という区切りは大きい。昨年までよりもメッセージを送ってくれた方が増え、メッセージの内容もかなり濃くなった。中でも女性からのメールが増えた。(これは多分、人畜無害なオジサンになったためでしょう) ◆女性は人を持ち上げるのがうまい。「益々世界が広がるご活躍をしていくのでしょうね」とか「仕事に遊びに、まだまだ頑張ってくださいね」だとか「たまには私も誘ってくださいね」などと書いてある。悪い気はしない。なかでも「ますます男前のアナタでいて下さいね」というのはお世辞と分かっていても60歳には嬉しい。さらに「艶やかで渋いイイオトコでいてね」というのまでいただいた。勘違いして舞い上がってしまいそう。危ない、危ない。◆「艶やか」という表現はいい。「還暦を迎えたオトコにとって最高の誉め言葉だな」・・ニヤニヤしながらそんなことを思っていた。 ゴルフしながら下ネタばかりをしゃべっていても「艶やか」と取ってくれる人もいる。人生まだまだ捨てたもんじゃない。「人畜無害」と褒められるよりは「艶やか」と褒められるほうが100倍は嬉しい。
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◎2017年06月12日 ---- ボス ◎
- 還暦
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昨日(6月11日)還暦を迎えた。多くの方々からお祝いのメッセージやプレゼントをいただいた。ありがたい。申し訳ない。◆60歳。永いようで、それでいてあっという間でもあるような60年だった。苦労続きであったが、周りの人々に支えられ、幸運に恵まれた60年であったことは間違いない。感謝、感謝。◆小中高生の頃、校長先生はおじいちゃん先生だった。あのおじいちゃん先生は皆50歳代の半ばだったのだろう。(当時の社会は55歳定年制であった) 私はあのおじいちゃん先生をすでに数歳上回っているのだ。驚く。◆還暦になり、自分で自分に声をかける。「よく頑張ったね。疲れたろう。少し休ませてあげたいがもう少し頑張ろうな。体をいたわりながら、世のため、人のため、もう少しだけ頑張ろうな。だって誰からも頼られなくなったら寂しいぜ」
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◎2017年06月09日 ---- ボス ◎
- 無趣味
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読書が好き、ジャズが好き、ゴルフが好き、散歩が好き、映画が好き、お酒が好き、女性が好き、と言ってもどれを取っても中途半端。「すごく詳しい」わけでもなければ「なしでは生きていけない」ということもない。お酒などは「好き」だけどカラダが受け付けてくれない。そう、私には、これと言って誇れる趣味がない。多趣味は無趣味に近い、と思う。◆行きつけの居酒屋、六本木の名店「一億」で時々有名な写真家、渡辺達生さんとご一緒することがある。その渡辺さんが「キノシタさん、生前に遺影を撮っておきましょうよ」と誘ってくれた。昨年、母の葬儀で使う遺影に良いものが見つからず苦労していたので、私はそのお誘いに二つ返事で乗っかった。「キノシタさんの趣味や仕事にかかわるものとか、好きなものとか、なんでもいいです、キノシタさんらしいものを持ってきてください」と言われた。◆「撮影は1時間程度、少し余裕をもってスタジオに来てね」と言われていた。日曜日、予定時刻より10分ほど早くスタジオに入ると、私の前の方の撮影が行われていた。俳優の竹中直人さん。カッコいい。竹中さんはジャケットや帽子などを複数持っていき、それらを取り換えながら撮ってもらっていた。撮るほうも撮られる方もプロだが、緊張感は全くない。◆私の番になった。「キノシタさん、小物、なにか持ってきてくれましたか?」と渡辺達生さんに聞かれ「こんなものを」と言って私はヘリコプターの模型とゴルフのパターを見せた。「おっ、いいじゃないですか」渡辺さんは笑顔で写真を撮り始めた。さすがはプロ。私などでもそれらしい仕上がりになっていた。大満足。写真のデキはとても素晴らしいのだが、ヘリの模型を持つ姿やパターを持つ姿は、どこか自分に嘘をついているようで、後ろめたさを感じていた。遺影の準備はできた。とはいえ「いつ死んでもいい」という気はない。◆熱中する趣味を持ち、「キノシタさんといえば〇〇だねえ・・」などと言われるようになりたい。私はまた新たな趣味を探し始めた。多趣味は無趣味、と知りながらも懲りない私である。
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◎2017年06月08日 ---- ボス ◎
- 〇〇〇不足問題への対応は報酬アップしかない
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最難関国家試験の一つ「司法試験」の合格者数は1990年までは500名程度であった。それが徐々に合格者数を増やし2000年には1000人に、2005年には1500人、2007年には2000人を超えた。20年弱で合格者が4倍以上になったのである。合格ラインを徐々に下げたのだ。超難関であった「司法試験」が最近では「それほど」になった。なぜ、合格ラインを下げたのか。原因はバブル経済時代にさかのぼる。景気が良く、特に都会では大きなカネが動いていた。弁護士の報酬もうなぎ上り。こういう社会情勢のなか司法試験に合格した者はみな「弁護士」を目指すことになる。検事や裁判官になろうとする者はほとんどいなかった。この「検事・裁判官不足問題」の解消のため司法試験のハードルが下がった。司法試験合格者を増やせば検事や裁判官を希望する者も増えるだろう、との役所らしい甘い考え。結果、アホな検事や弁護士が増え、弁護士といえどもいまや高級エリート職業ではなくなった。弁護士資格を持っていても食っていけない者がでてきた。「定員を増やすことによる『不足問題』の解消」は最も知恵のない解決策だと私は思う。◆どうすればよかったのか。簡単な話だ。検事や裁判官の給与を大幅に上げれば良かったのだ。それをやらないから、問題解決にその数倍のコストと時間をかけてしまい、結果がこの様。◆加計学園問題で初めて知ったが獣医師の世界もかつての司法試験問題みたいな状況のようだ。年間1000名の獣医師が誕生するが多くが都会の犬猫(ペット)病院に行き、地方の家畜や大型動物を診る獣医が不足している。地方の獣医の給与を思い切って上げれば解決する。それをやろうとせず加計学園に獣医学部を作り160名もの大量卒業生を出そうとしている。現状は全国で1000名の卒業生のところを、一気に160名も定員を増やそうというのだ。これは無理があるように思える。これは批判されてもしようがない。アホな獣医師が増えなければいいなと心配する。いっそ「加計学園出身獣医は四国内で獣医になること」を義務としたらいい。それなら世間の納得は得られるかもしれない。
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◎2017年06月07日 ---- ボス ◎
- さらば産経新聞(2)
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「安保改正法案」に対し、考えの浅い学生が「戦争法案反対!」などと叫んでいた。朝日新聞も産経新聞も他の新聞も、それぞれの視点からこの法案を眺め、読み、社説を展開した。私個人は産経の論調に納得することが多かった。朝日と産経の意見が異なるとき、たいていの場合、私は産経よりの意見を持った。学生時代に読んだ 『左にいると「真ん中」も右に見える』という本の影響があるのかもしれない。◆新聞は各社で意見が異なって当然だと思うしそれが健全な社会を作ると信じている。そういう意味では殆ど同じ意見の「沖縄タイムス」と「琉球新報」が98%のシェアを誇る沖縄の状況は「残念」である。◆新聞各社がどのような意見を持っているかはさておき、少なくとも事実を表に出すようにしなければならない。それがジャーナリズムの基本だ。今回の加計学園問題において産経新聞と読売新聞の、前川前文科省事務次官に関する報道は、明らかに事実が表に出ないようにするための印象操作するための記事だった。「安倍政権を守りたい」という気持ちからだろうが、新聞として決して行ってはならない一線を越えた。私は30年間以上続けてきた産経新聞の定期購読をやめることにした。家人に「こんなふざけた記事を書く産経新聞はやめる。断っておいて!」と言い置いて自宅を出た。家人はびっくりしていた。「あなた、あれほど『産経が最もまともだ』ってずっと言ってたのに・・」などと不思議そうな顔をしていた。◆昨日までは「産経+日経」が毎朝我が家に届いていたが、今朝からは「毎日+日経」の二紙に代わった。「産経新聞にお断りの電話を入れましたよ」という家人は販売店に「どうしてでしょう?」と聞かれ「主人の会社で産経新聞を取ることになったので自宅では要らなくなった」と答えたという。「おいおいそれじゃダメだよ。『ふざけた情報操作をする産経新聞はもうやめる』と主人は怒ってましたよ、くらいは伝えてほしかったなあ」と家人に言ったのだが 「私はそんなことは言えません。物事は穏やかに、波風立てずに進めるのが一番よ」と諭された。◆そんなことはない。怒るべき時は怒るべきだ! 『あるものをないとは言えない』という前川前事務次官をマスコミが貶めるようなことを決して許してはならない。
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◎2017年06月05日 ---- ボス ◎
- さらば産経新聞
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自宅では複数の新聞を取っているがこの三十数年間、産経新聞だけは欠いたことがなかった。「産経と朝日」「産経と毎日」「産経と読売」など他紙と読み比べるのが面白いし勉強になる。物事にはいくつもの側面があり世間には多くの視点がある。◆「マスコミは政治のチェック機構」などというが、私は「政府の応援団」的なマスコミがあっても良いと思っている。まさに産経新聞は「自民党政府の応援団」的な新聞である。◆だが加計学園問題での産経新聞の対応は、およそまともなマスコミとは言えなくなった。前川喜平・前文部科学事務次官への個人攻撃は看過できない。政府と一緒になって問題の本質をすり替え、臭いものにフタをしようという姿勢があまりにも露骨。◆おそらく安倍首相自身は本当になにもやましい気持ちはなかったのだろう。「圧力をかけた」つもりもないのであろう。だが安倍首相の取り巻き連中や役人たちは「忖度」したのであろう。どのような「忖度」があり、それはなぜ生じたのかを検証すべきだ。私個人的には「忖度」はあってしかるべき、とさえ思っている。物事にはいくつもの側面があり世間には多くの視点がある。◆だが、少なくともマスコミは「あったものを 『ない』 と言うこと」に協力してはならない。まずは事実を表に出し、それをいろいろな視点から論じるべきだ。善良な元役人を個人攻撃し、あったものをなかったとしようとしている産経新聞の定期購読を私はやめることにした。さようなら産経新聞。
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◎2017年06月01日 ---- ボス ◎
- 安楽死を考えよう
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悲しい事件が新聞の片隅で報じられた。◆難病を患い入院中だった三男(1)を殺害しようとしたとして、殺人未遂罪に問われた母親(42)に懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決が下された。母親は、難病で入院中の三男の口と鼻を両手でふさいで殺害しようとした。三男は一時心肺停止状態となったが、一命を取り留めた。三男の難病は遺伝子の異常によって体内で作られる酵素が不足し、発症する。通常3~4歳で死亡する例が多く、根本的な治療法はないという。 母親は10年前にも同じ難病を患う次男を4歳で亡くしていた。◆「病気で苦しむ子を殺そうとした鬼母」というわけではなさそうだ。今の法律では、どんな事情があろうが、人を殺めるという行為は許されない。私は「なんとかならないものか」と考える。この母親がかわいそうでならない。◆この母親、10年前に同じ難病で次男をなくしている。おそらく次男は、短い苦しいばかりの人生を送ったのであろう。母親は次男を懸命に看護したのであろう。次男が亡くなり、数年後に三男が生まれた。その三男がまた次男と同じ難病であった。母親はまた、毎日病院で可愛いわが子が苦しむ姿を見続けなくてはならない。一生懸命に看護しても、難病のその子は決して元気になることはなく、数年後には次男と同様に息を引き取ることは確定的。絶望以外のなにもない。◆「物心がつく前に、いっそのこと楽にしてあげたい」母親がそう思ったとして誰が彼女を責めることができるだろう。彼女を殺人未遂犯にする以外に方法はないのか?◆軽々と口にしてはならないとは承知しているが、わが国でもいろんな角度から、「安楽死」の制度を考えてみるべき時期になったと思う。心優しき殺人者を生む現状は悲劇だ。
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◎2017年05月26日 ---- ボス ◎
- 名古屋駅通(なごやえきつう)
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国内出張を繰り返しているうちに二年ほど前、やっと名古屋駅新幹線ホームの通(つう)になった。◆名古屋駅の新幹線ホームにある「立ち食いきしめん屋」が大変旨いという噂を初めて聞いたのはおそらく20年以上も前のことだったろう。当時から年に二、三回は名古屋を訪れていたがなかなか食べる機会がなかった。「あっ、またあのきしめん屋に立ち寄るのを忘れてしまった」そんなことを思いながら帰路の新幹線に乗っていた。◆5年前、名古屋駅の新幹線ホームで帰路の「のぞみ」を待っているときにふと思い出した。時計を見た。「出発時刻までーまだ10分ある」私はきしめん屋に向かって走った。「急いで食べれば間に合う!」と。残念。きしめん屋「住吉」の前には順番を待つ列ができていた。◆それから数年。私は名古屋駅通になっていた。名古屋駅から新幹線を利用するときは30分程の余裕を持ってチケットを購入。待合室で赤福を買ったらすぐにエスカレーターでホームへ。乗車位置を確認し、きしめん屋「住吉」へ向かう。列ができてても慌てない。意外と回転が早い。券売機でチケットを購入したら静かに列に並ぶ。店に入るとまずセルフサービスの氷水を紙コップに注ぎ、空いている場所に立つ。おばちゃんにチケットを渡しながら台拭きでカウンターを綺麗にする。すぐにきしめんが出てくる。いつ食べても、何を食べても確かに旨い。食べ終わると大きな声で「ごちそうさまっ!美味しかった。」という。どんぶりをカウンター上の台にのせ、また台拭きで自分の食べた回りを綺麗に拭き取る。「来たときよりも美しく」はマナーの基本。入り口と反対側にある出口専用口から出て自分の乗車口へ歩く。◆今日もこれができた。「うん、オレも名古屋駅新幹線ホーム通になったな」そんなことを考えながら京都に向かっている。
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◎2017年05月25日 ---- ボス ◎
- 実るほど頭(こうべ)を垂れる・・・
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P航空の営業マン、Tさんはよく私のところへ来てくれていた。Tさんはいろんな興味深い話を持ってきてくれた。そのTさん、人は良いけど営業マンとしては少しだらしないところもあり私は少し心配でもあった。ある日、TさんがNという男を連れてきた。P航空が新規事業を始めるにあたり「彼が適任だ」とTさんがどこからか引き抜いてきたのだと言う。「キノシタさん、私がNを鍛えますから可愛がってください」ニコニコしながらTさんはN君を私に紹介した。Tさんの期待通りNさんはすぐに素晴らしい業績を上げることになる。◆TさんがN君を初めて私のもとへ連れてきてから2年もたたない頃だった。その日もTさんは私のところにやってきて話をしていた。「キノシタさん、Nはすごいですよ。うちの会社の取締役になりました。私、あっという間に追い抜かれました」人の良いTさんは笑顔でNさんの出世話を語っていた。ちょうどそのときTさんの携帯電話がなった。「きっと、Nからですよ。ちょっとすみません。」と言いながらTさんは私の前で携帯電話に出た。「はーいTです。・・・うん? いまキノシタ社長のところにお邪魔してるの・・」のんびりとTさんがしゃべっていた。そこへ一喝。私にも聞こえるほどの大きな叱責声が聞こえてきた。私の前でTさんの態度が変わった。「はいっ!・・・はいっ! ・・わかりました。はいっ! 失礼します」・・・電話を切ったときのTさんの顔を今でも忘れない。顔面蒼白だが汗がだらだらと流れていた。TさんとN君の立場が逆転した瞬間だった。◆私はN君を理解できなかった。携帯電話を通しているのでN君には(私が耳を傾けているという)状況が分かっていなかったのかもしれないが、私の前で、いわば恩人であるTさんに恥をかかせるような言動をしたTさんを許すことはできなかった。私はP航空の社長Hさんとも親しかったのでやんわりとそのことを伝えた。私の話を聞いたH社長は「そうなんですよ。Nはドライなんですよ。ただNは確かに数字(売上)を上げていますからね・・。いやぁ、私もアタマ痛いですよ」と複雑な表情だった。私は徐々にP航空との距離を置くようになった。やがてH社長は解任され、数年後Tさんも辞めた。Nは最後まで残ったが結局解雇された。実力のあるN、彼がもう少し利口でTさんやH社長と一緒にP航空を盛り立てていれば状況は大きく違ったのだろうと思う。残念だ。
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◎2017年05月24日 ---- ボス ◎
- 作ってはいけない「リニア新幹線」
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マンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起こり、少年少女を中心に20名以上が亡くなった。世界中でテロ行為が頻発するようになった。テロの実行者は、具体的に何かを要求するものでもなく、テロのターゲットは誰でもいい。おまけに最近のテロの多くは自爆を伴うものになっている。「目的が明確でなく」「直接犠牲者となる対象は誰でもよく」「自爆による」となると未然に防ぐことは非常に難しい。島国であり単一民族国家である我が国ではテロ行為を起こすことは比較的に難しい。とは言えテロを未然に防ぐためには万全を期すことが必要だ。いろいろと意見もあるようだが「テロ対策特別措置法」の充実、「組織的犯罪処罰法改正」などは粛々と進めていく必要がある。残念ながら、そのような準備をしたところで完全には防ぐことができないのがテロである。◆テロを起こす側は「テロを起こしやすく」「衝撃の大きい」場所を選ぶ。その意味では現在のわが国では新幹線が最も危ない。誰でも荷物検査なしで乗ることができる。高速で大勢が移動する。先頭車両で自爆テロを起こされたら1000人近くが死ぬことになる。だがそれよりももっと衝撃が大きいのがリニア新幹線なのだ。◆2027年、今から10年後に一部開業(東京~名古屋)を目指すリニア新幹線はそこまでに5兆5000億円の予算を計上している。おそらく実際には10兆円ほどかかることになるのだろう。私には10兆円の経済効果があるとは思えない。将来その技術を諸外国に売ることによって元を取ることを考えているのだろう。◆能天気な我が国の指導者たちはリニア新幹線でテロが起こる可能性を全く考えていないようだ。今の新幹線と同じで、空港のようなセキュリティーチェックなしで誰でも乗ることのできるものとなるリニア新幹線。10兆円かけて開業に漕ぎつき、やっと開業したところで自爆テロをやられたら・・・。我が国に潜むテロリスト予備軍は、じっとその日が来るのを待ち構えて静かに準備を始めている。◆リニア新幹線は断念すべきだ。
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◎2017年05月22日 ---- ボス ◎
- ダウン
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貧乏性のため、スケジュールが埋まっていないと落ち着かない。土日も祭日も何か予定が入っている。仕事の関係が多いが、プライベートなゴルフや飲み会もある。私がキャンセルすると、どなたかに迷惑をおかけすることになる。迷惑をかけるのはイヤなので少々体調が悪くても無理して頑張ってきた。ここ10年間ほどは頑張ってきた。◆10日ほど前から風邪の症状が出ていた。喉が痛く微熱がある。そこで毎晩、葛根湯を飲んで、なるべく早く床に入るようにしていた。だが先週は鹿児島や富山に出張が続いた。休むことはできなかった。喉の痛みは増し、咳がひどくなった。それでも土曜の午前中までは頑張った。だがとうとう声が出なくなった。声が出なければなにもできない。土曜の午後、ベッドに入った。運良くこの日の午後はスケジュールが埋まっていなかった。一日静養すれば元気になる、そう信じてベッドの中でじっとしていた。予想に反し、夜中ずっと咳が続きほとんど眠ることができなかった。◆日曜日のスケジュールはゴルフの月例コンペ。良かった。私が参加しなくても、それほど迷惑をおかけすることではない。私は思い切って休むことにした。一日中、家の中で過ごした。家から一歩も出なかったのは約7年ぶり。普段は気づかない「健康であることのありがたさ」をつくづく感じながら、鬱々と家の中で日曜日を過ごした。だが風邪の具合は一向に良くならない。◆昨夜も咳で眠れなかった。だが今日は月曜日。予定も多い。出社しないわけに行かない。頑張って会社まできた。咳は相変わらずひどい。頭痛も腰痛もある。微熱も続く。だが街に出て、大陽の光をまとも受けると心なしか元気になったような気が・・・。◆体調に気を付けながら、今週も頑張ろう。
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◎2017年05月19日 ---- ボス ◎
- アタマの悪い学者たち
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東大を出て学者になっているのだから、きっと難しい設問を解くことはできるんだろうな。でも「こいつアタマ悪いな」と思うことがしょっちゅうある。私は、日本の学者のほとんどが「アタマ悪い」と思っている。アタマが悪いにも関わらず「自分はアタマがいい」と思い込んでいるバカが多い。学者でなくても企業の中にも結構いる。こういう輩が最もタチが悪い。難関大学出身者に多い。◆「大工と話すときには大工の言葉で話をしろ」とソクラテスは言った。アタマの良くない学者は自分の言葉でしゃべる。相手が理解していようがいまいが関係ない。本当にアタマが良い学者は、池上彰さんのように相手の言葉でしゃべる。相手が子供なら子供の言葉で、相手が会社員なら会社員の言葉で、相手がおバカタレントなら彼女のわかる言葉で、相手が築地の卸業の方なら築地の言葉で。◆豊洲移転問題で専門家会議の説明に築地市場の卸業者たちがキレていた。学者たちが構成する専門家会議は築地の卸業者を前に自分たちの言葉でしゃべる。「あっ、またアタマの悪い学者が説明している。これじゃまとまらないな」私は思った。◆難しい数値や言葉を並べていても理解されない。「あなたが理解できなくても、これが真実なんですよ」という態度では政治も会社の経営もできない。「大工と話すときには大工の言葉で話をしろ」・・・人としての気配りの原点だと思う。
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◎2017年05月15日 ---- ボス ◎
- ブラック企業より悲惨な中学校教師の勤務
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昨年、外資系の経営コンサルタント会社に就職した息子は、入社前にエグゼンプション(exemption)の説明を受けサインした。exemptionとは「対象外とか適用外」という意味だ。息子の場合は「日本の労働基準法の適用外ですよ。厳しいですよ。それを覚悟しておいてくださいね」ということの確認書だ。あれから1年経った。どうだろう、息子が会社を出るのはほとんど毎日23時を過ぎてからのようだ。午前2時、3時に帰ってくることもめずらしくない。大変そうだが彼はグチを言わない。それどころか「仕事はとってもきついけど、いろいろと勉強になるよ。みんなで取り組んで一緒に頑張るのって結構楽しいとこもあるよ」と前向きだ。「でもね、こんな状況で30年も40年も働くのは無理だね。オレは3年は頑張るけど、そのあとは分からないな」と言う。親としては、頼もしいような情けないような、複雑な気持ちである。だが彼には「辞める」という選択肢がある。◆昨年、電通に努める女性社員が自殺をした。過労が原因での自殺ということになっている。世を挙げて電通バッシングが始まった。「電通はブラック企業だ!」と非難する。私は電通が可愛そうに思う。「厳しい企業」ではあるが「人殺し企業」ではない。本来なら電通も新入社員とエグゼンプション契約をしたいところだろうが日本の企業はそれが許されない。息子の場合は外資系企業であったためにそのような契約が許される。これもおかしな話だ。◆前にも書いたが、「辞める」という選択肢がある場合には「ブラック」と決めつけるのはその会社がかわいそうだ。その会社が「ブラック」であれば優秀な社員は辞め、会社の業績が下がる。自然淘汰が生まれる。企業としては淘汰されないように、ブラックではないようにと努力する。それでいいのではないか。◆そこで私が問いたいのが中学校の教師である。彼らは教え子のことを思うと辞めたくても辞められない。子供のことを思えば部活動の顧問もやる。自分の担当クラスの授業や採点や家庭訪問や部活動・・・。まじめな、熱心な、子供思いの教師ほど自分の時間を犠牲にする。もちろんサービス残業ばかりである。そしてもしこの状態を自然淘汰に任せると我が国の教育者の水準はどんどんと落ちてしまう。いやもうすでに落ち始めている。電通を厳しく指導する前に中学校教師の負担を軽くすることこそ急がねばなるまい。
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◎2017年05月10日 ---- ボス ◎
- シックスパッド
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家族をはじめ誰にも知られていないが実は私の腹筋はC・ロナウドのようにきれいに割れている。6つに割れた腹筋を「串」の字に例える人もいるが、いやいや私の腹筋は「串」どころではない、「事」という字くらい割れている。これも長年に渡る不断の努力の賜物である。ではなぜそのことを家族も含め誰も知らないのかというと・・・。実は私の「事」の字のように割れた腹筋は、
厚さ3cmの脂肪に覆われているのである。これでは誰も気付かない。◆ゴールデンウィーク前半を米国サンフランシスコで過ごし4日(木曜)の夜に帰国した。翌5日からは三日連続でゴルフだった。ゴルフの初日のプレーを終え風呂に入って鏡を見たら腹がポッコリと出ている。「事」の字を覆う脂肪が確実に厚くなった。「米国とその往復の飛行機の中。あの堕落した食生活が悪かった。明日からダイエットをしよう」そう思いながら風呂から出ると、ちょうど風呂の前にC・ロナウドが立っていた。テレビCMでおなじみのあの「シックスパッド」のキャンペーンが行われていたのだ。タイミングが良いのか悪いのか・・。普段ならスルーするのだが私は立ち止った。「ちょっと試してみませんか?」キャンペーン店員に誘われるままシックスパッドを腹に貼り付けて試してみた。「おおっ、これは効くっ! 予想とは違いますね」私は感想を素直に口にした。◆結局、その場で購入を決意した。販売員は「3か月も続ければきっと効果を実感できるでしょう」と言った。1年後には私の「事」の字に割れた腹筋を披露できるようになるかもしれない。... 続きを読む
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◎2017年04月28日 ---- ボス ◎
- ポール・マッカトニー最高! ボブ・ディランとは大違い。
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ボブ・ディランは1941年5月生まれの75歳、ポール・マッカトニーは1942年6月生まれの74歳。同世代の二人だがビートルズとしてロックでスタートしたポールと、若くしてフォークの神様になったディランは全く別の道を歩いてきたのだろう。◆私は昨年、ディランのコンサートに、そして昨日はポールマッカトニーのコンサートに足を運んだ。ポールもディランもスーパースター。私はどちらも大好きだったがコンサートに行ってみてこの二人には音楽性以外にも大きな違いがあることが分かった。結論から言えばポールマッカトニーのコンサートには大満足、ボブデイランには「カネ返せ!」と言いたいくらい。心から「客に楽しんでもらいたい」と願っているようなマッカトニーに対しディランは「別に聞きたくなかったら帰ればいいじゃん」という風で全く媚びない。あの唯我独尊的な態度が哲学者っぽく大好きだ、という者も多いのだろう。私は「ふざけるな!何様だ」っていう感じにとった。◆アンコールを観客は求めているのに大したアンコール演奏もせず、「風に吹かれて」も歌わず、さっさと切り上げたディラン。たっぷり2時間30分以上、立ちっぱなし歌いっぱなし演奏しっぱなしのマッカトニーはビートルズ時代の曲も多く聞かせてくれた。美しいレーザー光線や超特大モニターによる演出も素晴らしかった。◆マッカトニーのコンサートには酔った。「丘の上のバカ」「エリナ・リグビー」「アンド アイ ラブ ハー」「レット イット ビー」「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」など私の好きな曲の目白押し。楽しい一夜だった。ついディランのコンサートを思い出し、人に媚びようとしないノーベル賞受賞者に今になって腹が立ってきた。 それにしてもディランもポールも若い!
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◎2017年04月27日 ---- ボス ◎
- マスコミの横暴
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昨夜、なじみのバーで飲んでいた。客は少なかった。私の他はマスコミ関係の3人だけ。日本を代表する報道機関の取締役連中だ。私は彼らと親しい。マスコミ関係のエリートとは言え頭でっかちの堅物(かたぶつ)ではない。人当たりは良いし、下ネタをはじめ下らぬ話も多い。頭でっかちの堅物では組織のトップにはなれないのだろう。◆まじめな話を1時間程度したあと、何がきっかけだったか覚えていないが、彼らが自分の武勇伝を披露し始めた。日本各地のソープランドのサービスを語り始めた。話は面白いのだが、私は茶々を入れたくなった。「あなたたち、自分はソープへ行ってエッチなことしてるくせに、どこかの市長が雀荘で賭けマージャンをやったら『とんでもない!』と大騒ぎする。おかしくない? 雀荘へ行った市長に対しよく 『賭け麻雀なんですか?』などと聞けるよね? ソープランドから出てきた男に『買春したんじゃないですか?』と聞き、攻めるみたいなもんじゃない。・・・」 彼らは返答に困っていた。ママが助け舟を出した。「税金で食ってる人はキチンとしないといけないの!自分で稼いでる民間人はいいのよ」と。その意見には私は個人的には反対だが、飲み屋で議論をしてもみっともない。それ以上は攻撃しなかった。◆ママに助け舟を出してもらった報道機関の取締役たちは、ママの言葉を受けて今度は今村元復興大臣の「東北で良かった」発言を「とんでもない!」とけなし始めた。意見を求められた私は「そうですね、あれはダメですね。でもねマスコミの取り上げ方も少しおかしくありませんか?・・」と言ってしまった。またまたややこしい話題を提起してしまった。話は盛り上がった。割愛する。◆私は今のマスコミは大嫌いだがマスコミで働く人たちの中には確かに利口で温厚で人間的に魅力的な人が多い。楽しい夜だった。
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◎2017年04月26日 ---- ボス ◎
- 「東北で良かった」発言、そこまで叩かなくても!
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自民党の二階幹事長は講演で、東日本大震災をめぐる失言で辞任した今村雅弘・前復興相を念頭に「人の頭をたたいて、血を出したっていう話じゃない。言葉の誤解があった場合、いちいち首を取るまで張り切っていかなくてもいいんじゃないか」と語った。
東日本大震災をめぐり「東北で良かった」などとした今村氏の発言は25日夜、報道陣が入った二階派のパーティーで出た。二階氏は「政治家の話をマスコミが余すところなく記録をとって、一行悪いところがあったら『すぐ首を取れ』と。何ちゅうことか。それの方(マスコミ)の首、取った方がいいぐらい。そんな人は初めから排除して、入れないようにしなきゃダメ」と述べ、報道陣の取り上げ方の問題だとの見方を示した。(以上、yahooニュースから)◆私はこの二階発言を聞き「やっとまともなことを堂々と言う人がでてきた」と感じた。いや確かに今村氏の発言はデリカシーに欠け褒められたものではない。だが発言を聞いていた百人が百人とも「とんでもない!」と怒るほどのものでもないだろう。マスコミが『東北で良かった』とのフレーズだけを拾って「どう思いますか?」と尋ねれば確かに「とんでもない」と答えるほかないだろう。今村氏が言いたかったのは「震災による経済的損失の総額は25兆円と言われている。『被災の中心が東北だったからこの程度の被害額で済んだが』もしあの震災の被害中心が首都圏だったらこの数倍の被害額になったでしょう」ということ。『被災の中心が東北だったからこの程度の被害総額で済んだが・・』というべきところを端折って「まだ東北だったから良かったんですよ。もし首都圏だったら・・」と言ってしまった。◆マスコミをはじめ会場に居て彼の発言を最初から聞いていた人は、余程の馬鹿でない限り今村氏の発言の真意は理解できただろう。分かっているくせに「『東北で良かった』とはなんということか!とんでもない!」と騒ぎ、煽る。言葉尻を捕らえる典型。マスコミに煽られた連中が「とんでもない!辞任しろ!」と騒ぐ。◆やがてこの国では「品行方正で無口な人」しか国会議員になれなくなってしまいそうだ。... 続きを読む
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◎2017年04月24日 ---- ボス ◎
- 戦争勃発の可能性
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今週中に米朝間で戦争が勃発する可能性はどのくらいだろう。敢えて数字で表せば2%~3%程度だろうか? いや、もっと高いかもしれない。少なくとも、私が生まれてから今までで最も危機的な事態になっていることは確かだ。誰もそれを否定しないだろう。米朝戦争になれば我が国にもミサイルが飛んでくる可能性は高い。甚大な被害がでることが予想される。それなのに何なんだろう、この能天気なムードは? 私は昨日はゴルフを楽しみ、今週末からのゴールデンウィークも遊びの予定で埋まっている。「戦争になるかもしれない。危ない!」と知りつつも「オレが心配したって何も変わらない。怖いけど、きっとなんとかなるんだろう」という馬鹿みたいに楽観的な自分がいる。私だけではない。みんなそうだ。一億総能天気なのが我が国だ。◆一方、北朝鮮に家族を拉致されたままの被害者も多い。彼らの気持ちを思うと本当にかわいそうでならない。北朝鮮に対し腹が立つ。なにもできない自分が申し訳ない。もし私が彼らだったら、と考える。◆賢明な、拉致被害者家族の方々は決して口にしないが、もし私が彼らだったら「やっとチャンスが来た」と考えるだろう。「北朝鮮よ、原爆実験やってくれ」と願い続いて「アメリカよ、北朝鮮にミサイルを撃ち込んでくれ」と願うだろう。「他国が戦争をしかけてくれなければ拉致された家族すら助け出せない国」それが今の日本であることは確かだ。
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◎2017年04月20日 ---- ボス ◎
- 食べログ情報
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「キノシタさん『食べログ』知ってますか?」 大手商社に勤める友人Sクンが聞いてきた。私より2.3歳若いS君はいつも私に対して敬語を使う。「もちろん知ってるよ。どうして?」と聞き返すと「キノシタさんは知っている人からの直の情報と『食べログ』情報とではどっちを信用しますか?」と重ねて聞いてくる。グルメを気取っている私にとっても面白いテーマだ。「その情報元の人にもよるけどね。でも『食べログ』の点数が当てにならないことは僕もよく知ってるよ。僕が利用する銀座の最高に旨いステーキ屋はずっと『食べログ』の点数3.0だからね。可哀そうに。でも逆に高い点数がついて下品な客が増えなければいいな、って願っているよ」と答えると彼はとても嬉しそうに「そうですよねえ。キノシタさんはきっと僕と同じだと思ってました。実は先日、腹が立つことがありましてねえ・・・」彼が話し始めた。◆Sクンの話の要約はこうだ。 Sクンは若い部下3人に、近々焼き肉をごちそうすると約束をした。その焼肉店は最近オープンしたばかりの「R」という店で、グルメのS君はオープン当時から気になっていた。たまたまSクンの友人がその店を利用し「あそこ、とても旨かったよ」とS君に話してもいた。値段もリーズナブルということだった。ところがその約束した翌日、部下の一人がS君の元へ来て言った。「Sさん、焼き肉ごちそうしていただく話ですがほかの店でもいいですか?『R』を食べログで調べたら点数が低いんですよ」◆Sクンは怒っていた。結局、焼き肉屋には行かなかったようだ。「腹立ちましたよ。オレたちが若いころ、上司に誘われてそんなこと言ったら・・・・・・」Sクンのグチは続いた。Sクンと楽しい夜の会話がはずんだ。
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◎2017年04月18日 ---- ボス ◎
- 最低無礼な男 浜渦武夫
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今から15年ほど前だろう、浜渦武夫氏が東京都副知事として辣腕を振るう様子がたびたびテレビで報じられていた。私は彼の言動を感心しながら眺めていた。大した学歴でもないのに(関西大学文学部出身)、 衆議院議員として飛ぶ鳥を落とす勢いの石原慎太郎氏の公設秘書となり、その後東京都副知事に就任する。「すごい人なんだろうな。アタマが切れるんだろうな」私は尊敬の念を持って浜渦氏を見ていた。「あれだけテキパキと仕切れるのだから、アタマが良いだけでなくきっとリーダーシップもあり、また気配りもできる人なのだろう」私は勝手に浜渦氏を持ち上げていた。◆3月19日、豊洲市場移転をめぐる都議会調査特別委員会(百条委員会)での証人喚問での答弁の段階でもまだ私は浜渦氏に肩入れしていた。「当時は『東京都のため』と頑張っていたのに、今のこの状況はかわいそうだ。浜渦さんに失礼だ」と思っていた。だが・・・。◆「偽証ではないか」との指摘への反論会見で彼は品格の無さを露呈した。馬脚を露わした。人を馬鹿にし、常に自分が正しいと主張する、傲慢すぎる最低男であることが分かった。会見で質問しようと手を挙げる記者に対し、指さしながら「はーい、メガネ」「はーい、大きい人」「手も長い、顔も長い人」「顔の大きい人」「夏みたいなシャツ着てる」などと呼んだ。不愉快極まりない会見だった。トランプさんの会見のほうがはるかに紳士的に感じるくらいだった。浜渦武夫氏、お里が知れた。あんな男の下で働いていた東京都の職員に同情する。同時に、あんな無礼な男の本質を見抜けず片腕として使ってきた石原慎太郎氏の魅力も大きく損なうことになった。
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◎2017年04月14日 ---- ボス ◎
- 予想外れる
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また今年も「マスターズの優勝者」「本屋大賞受賞作品」この二つの予想をし、ともに外れてしまった。◆「マスターズ」・・私の予想は「ジョーダン・スピースの優勝」であった。3日目が終わってトップと2打差の4位に付けていた。「来るぞっ!」と私は確信したが、残念。スピースは私と同じ、蚤の心臓の持ち主のようだ。鍛えなおして来年こそは優勝して欲しい。◆「本屋大賞」・・私は「みかづき」(森絵都)の受賞を予想した。実は最後まで「みかづき」と「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)とで、どちらを選ぼうか迷っていた。どちらも私の「心を揺らす」ほどのパワーはなかったが心にゆっくりと染み入ってくるような温かい作品だった。「蜜蜂・・」の方が強いかな、と思ったが直木賞とのダブル受賞はないんじゃないの、と邪推してしまった。結果は1位「蜜蜂」 2位「みかづき」 私の予想は当たらなかったが十分満足な結果であった。◆マスターズと本屋大賞の予想、来年以降も続けよう。ゴルフと読書、楽しい二つの趣味を持っていることを少し自慢したくなった。
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◎2017年04月13日 ---- ボス ◎
- 「優秀に見えないのに出世した人」に学ぶ出世術
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ネットで面白い記事を見つけた。当社社員にも読んでもらいたいな。うちの息子にも読ませたいな。そんなことを思った。一部コピペする。「優秀に見えないのに出世した人」に学ぶ出世術、という文章の一部をコピペする。◆
事務職で働いていると、書類作成や計算事務などが正確で早い人は、誰よりも早く主任になるチャンスが得られます。それは、今担当している仕事で優秀な行動をとっているから早く出世する、ということです。この時に用いられる判断基準を、人事の世界では「卒業基準」と言います。今求められている仕事の基準を“卒業”したから次に行けるということです。
しかし、出世が頭打ちになる人というのは、「卒業はできても、入学ができない人」なのです。
自分で作業をする時はいつも正確で早い人がいます。けれども、その人に「仕事のやり方を同僚に教えてあげてください」とお願いしたら、「そんなの自分で覚えるべきでしょう」「そんな暇はありません」「できない人が悪いんです」といった否定的な言葉が返ってきたとします。もしあなたが社長なら、そんな人を課長にしたりするでしょうか?
出世を決める際に用いられる判断基準を「入学基準」と言います。入学基準は特に重要な出世のタイミングで活用されます。
まず最初に使われるのは、採用試験です。この会社にふさわしい人材かどうかを判断する時に入学基準が使われます。次は管理職になる時。自分だけではなく、チームのための活動ができ、人の育成ができるかどうかが重視されます。会社によっては、財務やマーケティング、人事などの知識も求められるでしょう。その後、役員になる時にも入学基準によってその可否が判断されます。
だから会社の中で出世しようと思うのなら、今、目の前の仕事を卒業しようと努力するよりも、上の役職への入学を意識した行動をとらなくてはいけないのです。
一方で、上の役職への入学を意識している“優秀な人”を見極められる同僚は周囲には少ないもの。だから、見極められない人には「優秀じゃない人が出世した」と見える場合があるのです。しかしそれは、半径数メートル以内の人たちには優秀に見えないだけであって、社長や経営幹部が「入学基準」で判断すれば十分に「優秀な人」なのです。
「入学基準」を満たすために必要な行動
では、どのような行動をとれば、「入学基準」で認められるようになるのでしょうか。本質的に準備すべき行動は次の三つです。
一つ目は、「視点を高く持つ」ことです。
例えば、今の自分の仕事が経理だとして、経理の専門スキルを高めよう、と考えるのが現在の視点です。ここからさらに視点を高くするということは、経理とはそもそもどんな役割を担っているのか、何のために行っている仕事なのか、ということを考えるようにする、ということです。
営業であれば、自分自身が一生懸命頑張って目先の売り上げを伸ばすことが現在の視点です。高い視点に立てば、人と人とを引き合わせてつなぎ、その人脈によって長期的に安定した売り上げを会社にもたらすことが営業の仕事だとわかるはずです。言い換えれば、現状に満足してしまわないようにする、ということでもあります。
二つ目は「本質から考える癖をつける」ことです。
視点を高く持つようになれば、やがて仕事の本質を考える癖がつくようになっていくはずです。先ほどの経理の例で言うと、会社に経理機能がある理由は何か、ということを考えるようにすることです。家族経営の会社であれば経理とは出納の管理ですが、上場企業であれば、株主への説明資料を作成するのが目的かもしれません。
本質を考えるようになると、答えが一つではない、ということもわかってきます。今いる環境や周囲の状況によって正解は変わってきます。迷いながら探し出した経理の本質は、「過去の可視化」ということかもしれません。そんなふうに考える癖をつけていくことが大事なのです。
三つ目は「すべての人とのつながりに価値を見いだす」ことです。
本質を理解していけば、本質を実現するためには多くの人との関わりが必要であることがわかります。付き合う人を「今の自分にとって役に立つかどうか」で選んでしまうことは、自らチャンスを捨ててしまっているようなものです。
偶然の出会いですら大事にしていくこと。過去のつながりや現在のつながり、新しいつながりの全てに意味があると考えること。それらがこれからの「入学」に必要な機会を与えてくれるのです。
元の記事を読む
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160701-OYT8T50026.html?page_no=2#csidx99e4989fc6a6da5b0f54acb2ef45173
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◎2017年04月11日 ---- ボス ◎
- 老化
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50年以上前の、幼い頃のある出来事を最近ちょくちょく思い出す。情けないことが原因で思い出す◆小学校1年生の頃、我が家はまだ平和であった。小さな一軒家に住み、母は専業主婦だった。優しかった。学校帰りに道草をし、泥んこになって帰っても、「ただいまー」と玄関を開けると「あらまあ」と言いながら笑顔でほこりを落としてくれる、そういう日々だった。たまに母が外出するときは玄関を施錠し、裏窓から出入りしていた。玄関が開かないときは母が留守のときで、その時は私は家裏に回って窓から入ることになっていた。小学校1年生にとって、その窓は少し高い場所にあった。そのため裏窓の近くには私のための踏み台が置いてあった。◆その日、私はいつものようにお友達と道草しながら帰っていた。友達と別れ、一人になった頃におしっこがしたくなった。自宅まで遠くない距離だったので速足で急いだ。いつものように「ただいまー」と玄関の引き戸を開けようとするとカギが掛かっていて開かない。「あれっ、かあちゃん留守なんだ」・・・私は家の裏側へ急いだ。おしっこは我慢の限界に近付いていた。裏窓を開けた。踏み台を設置するヒマはなかった。私は窓枠に手をかけて、鉄棒の要領で窓に飛びついた。飛びついた勢いで窓下の壁に下っ腹が当たった。おしっこが我慢の限界を超えた。半ズボンの脇から流れ出たおしっこが右足を伝わった。私はあわてて窓から飛び降り、半ズボンの下からオチンチンを引っ張り出したがすでに半分は放出したあとだった。裏窓の下に、水たまりができた。◆60歳に近くなると、小さな尿意が一瞬で強烈な尿意に変わることが多くなる。新橋駅で電車を降り、少し尿意を感じていても会社までは持つと思って歩く。1階に着いた頃に急に尿意が強くなる。恐らく「トイレまで近い」との安心感がそうさせるなだろう。急に我慢の限界に近くなる。エレベータのボタンを押し、15階までがとても長く感じる。駆け込むようにトイレに入る。「もしトイレに入って、すべてが埋まっていたら・・・あの小学校一年生のときのようなことになっちゃうかも・・」 ◆慌ててトイレに駆け込む都度、幼い頃の平和な小事件を思い出す。
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◎2017年04月10日 ---- ボス ◎
- 経営者と社員
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久しぶりに「週刊文春」を買った。宋文洲さんの「それでも社長になりたいあなたへ」との連載が面白かった。一部コピペする。◆「日本の経営者は、よく社員に『経営者意識を持て』と説教します。しかし社長になりたくない社員にとって、それは結婚する気のない男に『妊婦の気持ちになれ』というのと同じです。 妻が初めて妊娠した時、彼女は『街でよく妊婦と出くわすようになった。きっと妊婦が増えたのではなく、今まで見えなかったのね』と言いました。・・・・」◆うーっむ、確かに・・・。経営者でない者に「経営者意識を持て」とは無理な注文なのかもしれない。 「経営者意識を持て」などといくら言っても聞いてもらえない。・・・納得。 別の言葉を用意しなければならないな。 これも結構、難しい。
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